第23話 茶屋町駅のから騒ぎを経て、岡山へ。

 児島駅からは3日前に来た電車で茶屋町に向う。他の乗客らとともに子どもたちは前の車両に乗込んだ。ここから約30分、この電車に乗ることになる。平日の昼過ぎの列車なので、客数はそれほど多くはない。唐橋指導員がいちいち点呼を取るまでもなく、行先不明になった子などいない。一応、14人の子どもたちは前の車両の運転席付近のロングシートに腰かけている。


「それでは皆さん、この電車で茶屋町まで行って、それから国鉄の列車に乗換して岡山に戻りますね」


 それだけ言って彼女はあとを唐橋指導員に託し、後ろの車両にいる同僚の女性車掌のところに行った。2日前と同じ電車で、今日も大山洋子車掌。本来は違うシフトだったようだが、車掌区の判断で彼女がこの列車に乗務することになった。

「大山さん、うちの団体は異状ありません」

「わかりました。では」

 大山車掌は前の運転士に出発合図をした。程なく軽めの汽笛を鳴らし、2両編成の電車は茶屋町へ向け出発した。

 今朝も泳いでしかも昼食をしっかり食べた子らは、ぼおっと外を眺めているか、そうでもなければロングシートに座って少し開けた窓かまどと窓の間の柱に頭をのせて居眠りをしている。寝た子を起こすほどのことはない。

 すでに成瀬添乗員は子どもたちの近くに戻って少し離れた位置でこの団体の様子を見ている。その向かい側手には、唐橋指導員が控えている。

 特に問題なく電車は茶屋町までの約30分を走り切った。到着するかどうかという頃に、宇野からやって来た客車列車が茶屋町駅に入った。この電車は宇野線の客車列車とは接続していない。程なく客車列車の先頭を行く蒸気機関車が汽笛を鳴らし、岡山へと走り去っていく。

 下電の茶屋町駅に到着したこの電車は、すべての客を下ろして児島方面に向かう客を乗せる。

「それでは唐橋さんと成瀬さん、お気をつけて」

 大山車掌が子どもたちとともに岡山へと向かう2人に声をかける。彼女はすでにこの2人が婚姻届を提出していることを知っている。しかしこの行事が全部終了するまでは夫婦であることを伏せておかなければならないことは理解しており、彼女から何かをほのめかすようなことは言わない。

「大山さん、ありがとうございます」

 2人の男女は大山車掌に声をかけ、国鉄駅へと子どもたちを連れて移動した。


 国鉄の茶屋町駅の待合室は、子どもたちで埋まった。唐橋指導員がその子どもたちを見守る。これから岡山に向かう客はみなすでにホームに出ている。

「ちょっと、信也と洋介、ええかな」

 唐橋指導員は中学生の2人に声をかけた。

「添乗員のおねえさんと打合せするから、他の子ら頼むわ」

「わかった」

 小学生の子どもたちを年長の児童に任せ、唐橋指導員は成瀬添乗員を呼んで駅舎の外に出て駅舎内から見えない位置に移動した。


「シュウ君、今日はどうする?」

「とにかく、初奈ちゃんは先に帰っておいて。ぼくは時間差で少し残務処理して帰るから。だけど、それはまあ、森川園長の指示にしたがえばいいや」

「まだ子どもたちには、ばれていないわよね」

「今のところ、特に問題はなかろう」

「でも、不測の事態が起きたら、どうしよう?」

「そうなったらそのとき。森川先生もおっしゃっていたでしょ」

「うん。じゃあ、あと岡山に着くまで頼むわ。岡山から先は川上さんが迎えに来てくれているから」

「わかった。あとちょっと、タニンノフリで」


 打合せを終えた2人は、揃って駅舎に戻ってきた。中学生諸君の話では特に問題はなかった模様。現に、特にどこか行ったような子もいない。

「センセー、成瀬のおねえさんと知合いなん?」

 その声は、中学生の洋介。かねての雰囲気を見ていて、ふと何かを感じた模様。そういえば昨年も一昨年も、唐橋先生はこのおねえさんと事あるごとに会っては何か話している機会が多いな、と。

「まさか先生、このおねえさんとツキアットルとか?!」

 さらにあおるようなことを言うのは、信也。

 二人の相次ぐ質問に、添乗員役の男女は内心びくびくしながらも、ここは冷静に答えた。

「仕事じゃからのう。可愛いおねえさんじゃから会うとか、そうじゃねえから会わんぞとか、ましてブスはお断りとか、そういうわけにもいかんがな」

 唐橋指導員が答える。

「そういうものかなぁ。おねえさん、唐橋先生のこと、好きなん?」

 ここまで言われると、何と答えたものか。

「唐橋先生とはお仕事でよくお会いしているだけ」

 彼らのやり取り、他の子らも興味津々のようである。


 程なく、ディーゼルエンジンの音が遠くから聞こえてきた。

「それではそろそろ、改札に入ってください」

 機転を利かせたのか、駅長自ら事務室から出てきて若い男女に声をかけた。

「というわけで、そろそろホームに入ろう」

 唐橋指導員の声にしたがい、子どもたちは相次いで改札をくぐった。それを見届けた若い男女は、駅長とともにホームへと進んだ。

「気を付けてくださいね。お仕事なんですから」

 彼らより少し若いものの赤線の入った帽子をかぶった駅員が二人を子どもたちから少し離れた場所に導いて注意を与えた。彼はこの年大学を出て本社採用で国鉄に採用されてこの駅に助役として勤務している。名札には、青木と書かれている。

「お気遣い、ありがとうございます」

 成瀬添乗員が平謝りに謝るかのように青木助役に礼を言う。

「ちょっとこれはと思いまして、駅長が機転を利かせてくれました。ぼくもね、あなた方、あのままでは少しまずいと思っていたところでした」

「ご心配おかけして、申し訳ありませんでした」

 子どもらに分からない場所で唐橋指導員も自分より若い助役に礼を述べ、子どもたちが待っている場所に戻った。


 キハ17系気動車による3両の列車が彦崎からやって来た。この列車のドアは手動で開けないといけない。そのドアから降りる人はいないようで、唐橋指導員がそのドアを開けた。同時に、足元の段差のところにあるライトが照らされる。子どもたちは車内に入っていく。適当に分れて空いている席に座らせ、その結果を成瀬添乗員が確認し、唐橋指導員も追認した。開けられたドアは全部一斉にガラガラと音を立てて閉まり、気動車は定刻で茶屋町を出発した。子どもたちは先ほどの駅舎の中での話で盛り上がることもなく、エンジン音を子守歌に居眠りする子もあれば景色を見るともなく見ている子もいたりで、いたって静かなもの。朝から海水浴で目いっぱい泳いで遊んだ上に昼食をしっかり食べた成果だろう。


 列車は定刻で岡山駅の宇野線ホームに到着した。唐橋指導員の指示にしたがって西口の改札を抜け、ロータリーで待っていた川上モータースの川上氏が手配した乗用車に乗込んだ。最後に川上氏が運転する先頭車に唐橋夫妻が乗込み、彼らは駅から10分ほどでよつ葉園に到着した。

 唐橋指導員と成瀬添乗員の指示にしたがい、子どもたちは園庭に戻った。

 全員無事。第1班の遠足は、ここで終了。

 園庭に森川園長が出てきた。簡単に解散式を終え、子どもたちは自分たちの部屋へと戻っていった。


「それでは、唐橋君と成瀬さん、お疲れさま。ここはひとつ打上げを兼ねて喫茶店に参りましょう」

 報告をを立ち話で終えるや否や、森川園長の誘導にしたがって正面玄関から出て喫茶店に向うことになった。書記の小畑秀子女史が、門まで送ってくれた。

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