新婚夫婦は添乗員 復路編

第22話 タクシーに分乗してお寺へ。そして引継終了。

 ××院に到着した第2班は、朝の海水浴を終えて帰っている第1班と合流した。

 世話のいる幼児らは女子中学生と第1班の年長の子らに任せて、職員らは本堂のほうの食堂に集まり、引継業務に入った。これにはこの寺の住職と副住職、それに奉仕活動で来ている青年たちも加わっている。離れのほうは子どもたちの人数が倍に増えたこともあって一気ににぎやかになっている。


 第1班は、1日目は昼食後から海水浴、夜はテレビで野球観戦。2日目は下津井への遠足で、3日目は終日塩生で海水浴、本日4日目の朝は海水浴を行いました。こちらにつきましては、特に異状はありませんでした。

 本日は昼食後に第1班を送って後、第2班の1日目は第1班と同じく塩生での海水浴に続けて、2日目以降もおおむね同じような調子で行います。ただし幼児が多いため、明日の下津井では釣りは行いません。

 その代わり、下津井に行く前に児島競艇場に招待されていますので、2レース見学して下津井に向かいます。競艇は賭け事ではありますが、同時にスポーツの側面もあります。競艇選手協会さんからのご招待でもあり、寄付でもお世話になっていますから、無下にはできません。それに、ボートの真剣勝負の競争を観戦することは、小さな子どもたちにはいい経験になることでしょう。


 これまでの第1班の結果とこれからの第2班の予定を、山上保母がかいつまんで説明した。その内容を、関係者全員で共有した。

 さらに関係者が一人ずつ発言し、注意事項等を述べる。今日は添乗員として参加している成瀬初奈嬢は、この日の第2班の往路の様子を山上保母に報告し、特に問題なかった旨を報告した。ここで共有された連絡事項は、この日のうちに唐橋修也児童指導員が岡山のよつ葉園にいる森川一郎園長に報告することとなっている。

 いつもよつ葉園で朝9時過ぎから行っている朝礼のような連絡事項報告会を終えた職員他関係者らは本堂の離れに揃って移動し、子どもたちの昼食の準備に。もっとも長机は既に第1班の子らが用意してくれていたため、あとは食膳を並べ揃えていただくだけ。程なく準備ができた。

 住職の挨拶のあと、いただきますの挨拶をして食事は始まった。第1班の子らにとっては最後の、第2班の子らにとっては最初の食事である。

 この日もまた、初日に出たのと同じような、少し洋風を意識された精進料理。よつ葉園では洋食風の料理も出しているから、小さな子らは喜んで食べている。この料理の食材がすべて野菜で肉魚を使ってないことに気付いている様子はない。

 おおむね30分かそこらで皆食べ終え、御馳走様でしたの一言で昼食は終り。


 少し休憩して、第1班は帰路に就く。第2班は、早速海水浴へ。今回の第2班は幼児が10人もいるため、引率の女子中学生と保母の他、山上保母も参加する。安全確保のため、磯貝青年と若いお坊さんが砂浜で待機することになる。一方の第1班であるが、こちらは小学生以上の学童と一部中学生が混じっているためそれほど手間はかからない。こちらは唐橋指導員と成瀬添乗員の2名がよつ葉園までこれから連れて帰るのみ。バスに乗れば問題なく児島駅まで移動できるくらいには、すでに自立している子たちばかりだから。


「唐橋先生、園長先生によろしくお伝えください」

「わかりました。山上先生、それではお気をつけて」

「それから成瀬さん、今日はありがとうございます。第1班の子らも、よつ葉園までよろしくお願いいたします」

 山上保母はまだ、唐橋青年と初奈嬢が婚姻届を出してすでに夫婦となっていることを知らない。また、この場で伝えなければならないことでもない。

「わかりました。唐橋先生とともに子どもたちを道中無事に送り届けますので、どうぞご安心を。それから山上先生、第2班の海水浴の御安全を」

 彼女がそう言いたくなったのは無理もない。4年前には青函連絡船の洞爺丸、3年前にはそれこそこの瀬戸内海で宇高連絡船の紫雲丸が事故を起こして多数の死傷者を出している。彼女の会社の同僚で、その前日から高松市内の琴電こと高松琴平電鉄に出張していた男性社員がいた。高松から予讃本線の列車に乗って丸亀まで出て。丸亀港から乗船して下津井に戻って来ていた。宇野経由で岡山に行ってから下津井に戻る予定だったが、岡山に行く必要がなくなったため早めに丸亀経由で戻っていた。宇野経由だったら紫雲丸の船便に乗船していた可能性があったという。

「成瀬さんありがとう。私どもはいつも子どもたちの相手が仕事ですから、今日からはいつも以上に気をつけなければなりませんからね」

 少し年長の保母の弁を聞き、彼女は少しばかり心の中で身震いした。今あのことが発覚したら、ちょっといろいろ不味いことになるのではないかと。

 だが、その心配は杞憂だった。ベテランの域に差し掛かっている保母は、彼女の気にするような話をする素振りは何一つしなかった。後に山上保母に聞くと、その時すでに唐橋指導員と彼女の二人は結婚まで至ったという感触を心中で得ていたという。無論、彼女はそのことはその日は一切問わなかった。女性車掌も、自らそのことを話さなかった。二人の会話には唐橋指導員が立会っていたが、その会話中に彼は少しばかりいつもと違う疲労感を得たようである。

 実は既婚保母の山上女史には、別に気になっている件がある。これは彼女だけが気になっていることであり、本園関係者は誰も気づいていない。

 今回奉仕活動としてこの行事に参加してくれている磯貝青年だが、実は昨年夏のこの海水浴に参加して出会った太田恵子保母と仲良くなっているのではないかという懸念。彼女は平日の日中保育担当で、日曜日が休み。その公休日が来るたびに、彼女は朝からどこかに出向いて夕方まで帰ってこない。

 2歳年下の磯貝青年と交際しているのではないかという疑念があり、その両者がまたこの度行事を通じて接触することになる。別に後輩職員が誰と交際しようと構わないのだが、いくら幼児や女子中学生の前とはいえ、交際している男女の姿を見せられてはまずい。何事もなければと、気が気ではないのである。


「それでは皆さん、今年もよく来てくださいました。来年もまた来てくださいね」


 バス停まで見送りに出た住職らに見送られ、第1班の子どもたちは唐橋夫妻の引率の下、来たバスに乗って児島駅まで移動する。この時間はあまり道路は混んでいないので、ほぼ定刻でバスはやって来た。

 今度はある程度自立した年齢の子どもたちばかりの集団であるから、大した手間はかからない。全員が乗車したことを確認し、成瀬添乗員は同じ会社の同僚でもあるバスの運転手に自らの団体の乗車が完了したことを告げた。

 バスは程なく出発した。児島の市街地に用のある客をいくつかのバス停で乗せては降ろし、それほどの遅れもなく児島駅に到着した。電車が来るまであと十数分。

 14時52発の電車に乗れば、16時には岡山に戻ることが可能である。よくよく考えてみれば、これは彼女がつい2日前、今この業務に同行している男性に会うべく移動したときと同じ列車での移動である。


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