第7話 行事の裏側

 賑やかさが一時的とはいえ去っている××院。今日は檀家さんの出入りはそれほどない。書入れ時の盆までは、まだ日数がある。

 唐橋指導員は、子どもたちが海水浴に行っている間、住職ら関係者と今後の打合せに入っている。泳げないわけではないが、この事業を統括することが仕事であるからには、子どもらと一緒になって泳いでいるわけにはいかない。


「住職さん、今年もお世話になります」

「いやいや、唐橋先生、礼には及びませぬ。よつ葉園の子らが、ほんのひとときだけかもしれんですけど、この地で楽しんで生涯の思い出にしてくれたら、私共としてはそれでもう十分です。今年も、倉敷の自由食堂さんから寄付をいただいて、お陰様であのような御馳走まで手配してくださって。ありがたい限りです」

「それにしても、今日の昼食、さすが自由食堂さんですね。洋風の精進料理とは」

「ああ、そういう経験も、子どもらには大事じゃからね。唐橋さん、どうじゃ?」

「いやあ、私も度々こちらに伺っておりますけど、こんなうまい食事があるとは思いもしませんでしたわ」

「左様ですか。なんなら、その、レシピと申しますか、調理法をこちらにまとめておりますので、どうかよつ葉園さんでもご活用いただけたらと存じます」

「これは、自由食堂さんの?」

「そうです。こういう形で役立つなら銭金の問題ではないと、マスターさんが仰せでしてな。どうぞ、ご活用ください」

「ありがとうございます」

「今日は自由食堂のマスターが来られとる。日曜の書入れ時ではあるが、これも営業の一環ということで、店のほうははコックらに任せて、今日はこちらで料理の腕を振るってくださいましてな。折角じゃ、唐橋さんにもご紹介しておきます」


 住職は、離れにある調理場に唐橋指導員を招いた。そこでは、夕食の仕込みを終えた自由食堂のマスターと若い料理人が珈琲を飲みながら一服していた。

「この子も、実は養護施設で育っていましてね」

 マスターは、自分が採用した養護施設出身者を連れてきている。なんでもこれから当面の間、と言ってもよつ葉園の子らがここに通ってきている間、彼がここで料理を担当してくれるという。時間があれば、海水浴にも同行するという。

 これは、慈善事業にも熱心なマスターが手を回してくれていたとのこと。


「あれ、君は確か、くすのき学園におった浅野君ではないか?」

 唐橋指導員は、その青年に見覚えがあった。よつ葉園との親睦野球大会で出会ったことがあるというその青年、年齢にして18歳。高校にいっていれば3年生。彼は中学を出てすぐにこの自由食堂に就職し、料理の修行中とのこと。

「はい。浅野茂夫です。よつ葉園の唐橋先生ですね。お久しぶりです」

「どう、仕事は順調にやれている?」

「ええ、3年目ですから、もう慣れました。あと数年修行して、20代のうちには自分の店を持てるように頑張っています」

「そりゃあ、ええこっちゃ」

「いやまあ、いまでは毎日美味いものは食べさせていただきますし、仕事が厳しくないと言えば大ウソになりますけど、これも将来につながっていると思えば何ともありませんね。別にくすのき学園をあしざまに言う気はありませんが、あの頃のことを思えば毎日が天国のようなものですよ」

「浅野君にとって、養護施設というのは・・・」

「思い出すのも不快です。ええ。思い出したくもないですわ、あそこでの日々は」

 お世辞や社交辞令でお世話になったと言ってくれる卒園生は少なくないが、彼は当時のことを良く言わないどころか、不快な思いを隠そうともしない。

「君がせめてうちに来とったら、養護施設の印象も違ったかもな」

「さあ、どうでしょう。やっぱり、不満というより不信感を持ったかもしれない。こればかりは、何とも言えませんが」

「でも君は、くすのき学園ではなくよつ葉園の子らには、こうして奉仕活動に来ているではないか。それは、マスターの業務命令だから仕方なく、なの?」

「いえ、これは私なりの思いからさせていただいています。あくまでも料理人として修業する場として、です。昔の自分に食べさせたかったものを、せめてよつ葉園の子どもたちには食べてほしいと思っていまして」

「それなら、くすのき学園の子らにもしてあげていいと思うが?」

「今はまだそういう気持ちになれません。愛想なしで本当に申し訳ないですけど。いずれ自分の店をもって軌道に乗せられた頃には、そういう心持ちになるかもしれませんけど、そのときはそのときで、何かできればと思っております」


 この青年は、同じ岡山市内にあるくすのき学園という養護施設にいた頃の経験を快く思っていない。それ以上の話を聞くのはお互い辛くなりそうだ。

 唐橋指導員は、話の内容を変えた。

「君は料理人として、この奉仕活動に何かテーマをもってやってきているのだね」

「そうです。ぼくが養護施設出身かどうかの問題は、一切関係ありません」


 あくまで料理人として。その言葉に、唐橋指導員とマスターはそれぞれ何か思うところがある模様。とはいえ、それは彼自身の内面において解決すべき領域である以上は、そこへ彼らが年長者であることを背景に先輩面して入る余地などない。

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