海水浴、そして、お寺へのお泊り

第6話 そして「しょーなす(塩生)」の海水浴場へ。

 お寺に着いた子どもたちは、早速、泊まる場所となる離れに案内された。

 去年もおととしも来た子らが多いので、基本的にこの場所の勝手は知っている子がほとんど。事情があって去年の夏以降にこのよつ葉園に来た子もいるが、そんな子には誰かがどこに何があるかを教えてやっている。

 程なく、昼食の時間となった。

 というより、すでに用意されていた。


「さあ、皆さん、今日はしっかり食べて、ゆっくりしてくださいね」


 よつ葉園では食育に力を入れているのでそれなりのものをいつも食べているはずの子どもたちではあるが、このお寺でいただく料理もまた格別。

 この地は確かにお寺ではあるが、いつも精進料理を食べているわけではない。現にこの日の夕食以降は普通に魚やときには肉料理も出されている。

 だがこの日の昼には、精進料理が振舞われた。


「それ、何かわかるかな?」

 住職の問に、中学生の少年が答える。

「ハンバーグ? まさか?」

「まあ、ハンバーグに似てはおるな。じゃが、肉はつかっとらん」

「じゃあこれは、豆腐か何か?」

「そうじゃ。豆腐と野菜をうまいこと使って作っとる。でも、肉は使ってない」

 しかもそのハンバーグ、御丁寧にソースがかけられているではないか。

「でも、ハンバーグの味がしますね」

「じゃろうが」

 その日の昼食にはなんと、トウモロコシで作ったスープも出されていた。

「この黄色のスープ、甘くておいしいですね」

 最年長の少年の感想に、住職が答える。

「そうか。君らぁ、こういう洋食もたまには食べておるのか?」

「はい。ときどき夕食に出てきます」

 実はこの昼食、精進料理とは言うもののいささか洋風に仕立てたものだった。その寺の檀家の中には慈善活動に熱心な人がいる。その中には、倉敷市内で洋食店を経営しており、よつ葉園の子らが来る時期はお寺に寄付している人もいる。

 なんと今回は、その店の従業員の何人かが時々来て料理をしてくれている。というより、今年も例年のように奉仕を兼ねて来てくれているのである。この事業の御縁で中学卒業後にその店に入った卒園生も1人いる。このよつ葉園だけでなく岡山や倉敷の他の養護施設からも、何人かがこの店で今も修行している。さらにいえばこの店を経て独立し、自らの店を持っている施設出身者も1人いるという。


 昼食を食べ終わり、子どもたちには冷たい麦茶が改めて振舞われた。

 そうこうしているうちに、午後2時に。

「それじゃあ、塩生(しょーなす;本来は「しおなす」と読むが、地元の人にはこのように読む人が少なからずいるとのこと)の海水浴場に参りましょうか」

 若いお坊さんが、唐橋指導員と山上保母に声をかけた。子どもたちは、待ってましたとばかりにそれぞれ準備に。男子の側は磯貝青年、幼児と女子の側は山上保母が着替える場所にそれぞれ子どもらを導いた。こういうところで男女一緒に着替えさせるわけにもいくまい。準備ができたところで、先の若いお坊さんがみんなを引率して近くの海水浴場へと向かう。歩いて数分後に、その海岸がある。今日も夏日で、しかも日曜。海水浴場は多くの客でにぎわっている。出店も多数出ている。


「まずは準備体操です」

 山上保母の号令で、簡単に準備体操をすることに。とは言っても、ラジオ体操ほど長くやるわけではなく、ごくごく簡単に体をほぐす程度。危険防止を兼ねてのものであることには違いない。

「じゃあ、これから1時間ほど、しっかり泳いで楽しんで」

 何時間でも泳ぐわけにもいくまい。街中にあるプールにしても、休憩時間を必ず設けているくらいだ。しかも、子どもたちのことである。夢中になるのはいいが迷子になってもらっても困る。山上保母と磯貝青年は子どもらの近くで一緒に遊びながらも子どもたちの動きを常に確認している。


 1時間ほど海の水に親しんだ子どもたちは、山上保母の指示に従い、いったん砂浜に上がった。まだ午後3時過ぎ。いつもなら、おやつが出る頃。砂浜で見守っていた若いお坊さんが、子どもたちを連れて出店に向かう。

 この暑い中、かき氷が売れている模様。付添の若いお坊さんが子どもたちに次々とかき氷の入った紙コップと木のさじを渡す。

 今日のおやつはこれ、出店のかき氷。ちょっとしたお祭りの気分も味わえる。向うには瓶ジュースなども売られているが、さすがにそれは高価であるからか買ってもらえないのは、年長の子には辛いところかもしれない。

 当時の出店のかき氷は、いまどきの店舗での商品のように様々なトッピングを乗せた高価な商品ではなく、子どもたちが気軽に食べることの出来るおやつという位置取り。その代わり、発泡スチロールか紙コップに入ったかき氷には、鮮やかな色のシロップがかけられているだけの、ごくごく素朴な商品であった。

 かき氷を食べて休むこと20分。

 子どもたちは再び山上保母と磯貝青年に導かれて海へ。砂浜では、お坊さんが出店の近くで子どもたちの一団を見守る。海水浴場はまだまだ人が多い。とはいえ、そろそろ帰ろうかという家族連れや若い男女のグループもちらちら出始める。


 午後4時30分頃、子どもたちは山上保母と磯貝青年に連れられ砂浜に戻り、併設されているシャワーを各自浴びて着替え、お寺に戻ってきた。予めお寺が海水浴場と打合せして、よつ葉園関係者は無料で使わせてもらうことで話がついている。

 これで、お寺は今日は風呂をたく必要がない。

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