第5話 軽便電車とバスを乗継いで、いよいよお寺へ。
いつも岡山駅あたりで見る列車よりも一回り以上小ぶりな電車が、茶屋町駅を出発した。宇野線はここから左に曲がって宇野へと向かうが、こちらは右に曲がって児島へと向かう。次の天城までは割に線形のいい路線。
天城を出ると、程なく倉敷川の鉄橋を渡る。子どもたちが、すごいものを見たとばかりの歓声を上げる。とはいえそれで周囲の客やまして運転士や車掌に迷惑をかけるほどの様子でもないので、山上保母は微笑をたたえつつ優し気な目で見守っているだけである。
「窓から顔や手を出さないでね」
通りかかる女性車掌がはしゃぎ気味の子どもたちにやさしく注意を与える。
この日は日曜日の朝方で他に地元の人はそう乗っていないが、そちらはいつものように静かに座っているか、さもなければ同乗の客と何やら普通に話しているだけという状況である。
「申し訳ありませんが、お客様、車両の後ろにお越し願えませんか?」
「わかりました。参りましょう」
女性車掌は、唐橋青年を車両後部に呼んだ。
「ハナちゃん、この手紙、運転所によろしく」
唐橋指導員は、女性車掌に手紙を渡す。これはしかし単なる手紙ではない。これから5班に分けてこの路線を乗る一行の日程に係る事項を記した業務文書。
「わかった。シュウ君、明日も乗るのね。私の乗務の列車に」
「うん、ハナちゃんに必要なことは明日話すから」
「今日はワタシら、他人の振りね、他人の」
「もちろん。今はお互い他人事(ひとごと)、他人事(たにんごと)、じゃ」
男性指導員のかけている銀縁の丸眼鏡の中の目は、少しばかり笑っている。
どうやらこの2名、単に面識があるだけではなさそうな様子である。幸いにも電車の走行音もあるので、子どもたちはじめよつ葉園関係者には気づかれていない模様である。もっとも、山上保母は唐橋指導員に結婚前提の交際している女性がいるらしいことは感づいているが、その相手が誰かを詳しく知っているわけではない。
やがて、少しきつめの勾配に差し掛かる。なんだ坂こんな坂とばかりに、2両の電車はゆったりと山間を進んでいく。上下線のすれ違いの出来る駅がある。そこで電車同士が行違うのだが、タブレットは運転士ではなく車掌が交換し合っている。これが国鉄なら運転士や機関士が通過駅のキャッチャーに落として次の区間のタブレットを受取って進んでいくものだが、この路線には快速列車もないので、そこはていねいに向い側手の列車と次のタブレットを交換していく。
勾配を乗り越え、下津井方面からきた電車ともすれ違いつつ乗車すること約30分後に、電車は定刻で児島駅に到着した。もうすぐ12時の昼時である。
児島駅は駅舎の前と島式ホームのあるターミナル駅である。ホームに降りた子どもたちはいったん点呼がてらにまとめられ、人数の確認を受ける。山上保母の指示を受けながら、子どもたちはホームから改札に向い、山上保母に促されるままに駅舎内に再びまとめられる。小さい子もいないではないが、ぐずったりするような子はいない。特に今回は小学生が主体なので、それほど引率の手間はかからない。これが就学前の幼児だと幾分手間でもあるのだが、そのくらいの年齢の子にとって山上保母は他の保母よりいくらか年長である分言うことを聞かせやすいこともある。特に今回は第1班としてこの事業の一番最初に向うグループであるから、最初から手のかかる幼児や日程の合わせづらい中高生はあまり入れていない。
山上保母に引率された子どもたちを見届け、唐橋指導員は女性車掌と手を振って別れた。彼女の胸には「成瀬」と書かれている。この名札の名前が変わるのももう少しかな。そんな期待を胸に、彼女は電車とともに下津井へ向かった。幸い、子どもたちの間には、唐橋先生が彼女と何か関係があると気づいた様子はない。
児島駅前には、バスステーションがある。ここから倉敷方面へのバスも出ているのであるが、目的地である××院まで約4キロ弱の距離がある。この列車にちょうど接続している倉敷方面のバスがすでに客待ちをしている。今度は唐橋指導員が子どもたちをバスに乗せて適宜座らせ、さらに運転士に伝言をことづけた。これから数回に分けて上り下りの一部区間をまとまって移動するため、いつのバスで移動するかをバス会社に予め連絡しておくことで未然にトラブルを防いでスムーズに移動できるようにとのことである。これもまた、彼の重要な仕事のひとつなのである。
「よつ葉園の皆さん、よう来てくださった。では、参りましょう」
バスに乗ること10分近く。児島市内の繁華街を抜け、郊外にある××院を近くに控えるバス停に降りた一行を、住職と若いお坊さんが迎えに来てくれていた。
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