ハチ_魔術師

 目の前で、炎が広がる。

 それが収束し、圧縮され、炎の剣を織りなす。

 魔術師、ヨルと名乗った女性の魔術の完成度は少女の比にならない。

 戦えば負ける、負けて死ぬ。

 否が応でも分かる、目が勝手に類似情報を検索しその結果を脳に叩き込んでくる。

 完成度、練度、魔力の量に質の全て。

 それらは確かに、僕の剣では消すことなどできない。


「『Πυρκαγιές σε φρεάτια』」


 口が蠢く、瞬間現れた雷は炎にやって焼き尽くされた。

 魔術戦、本物のファンタジーの領域。

 互いに絶技、だが軽くヨルの方が上を行く。


「流石ですわ、アンチェイン」

「褒めているつもりか?」


 背後に下がる少女に対して、ヨルはジリジリと詰め寄っていく。

 攻撃の悉くは、ただの無駄にしかなり得ない。

 強い、強くて凄い。

 あの炎の剣には質量はないだろう、だが質量は最早関係ない。

 いや、そもそも魔術に質量など関連するはずがない。


「大丈夫ですか……? クルミ……」

「それ以上喋らなくていい!! どうすればいい!? 休ませればいいのか!?」


 声が聞こえた、慌てて目線を向ける。

 一度ならず二度までも救われた、助けてくれた彼女に駆け寄る。

 体を支え、そして改めて認識した。

 脇腹周辺がゴッソリと抉られている、人間であれば即死は免れない。

 だが彼女は生きている、素人目に見て瀕死だが生きている。


「クク、いい友愛だな。もしくは恋愛? まぁ、無粋な事は辞めてあげろよ? 『Απομεινάρια μιας παλιάς φλόγας』」


 僕らに向かってくる電撃、だがそれを切り落とした彼女は笑みを浮かべる。

 表情は見えない、だが今は見えなくてよかったと思った。

 シナを、彼女を助けることに専念できる。


 すでに僕は知っている、彼女はこのままでは助からないことを。

 目が、情報を与えている。

 何も分からないが、彼女の核となる部分が欠損していた。

 核を再生させるか、代用品を用意するか。

 どちらにせよ、僕は彼女を救う方法を知らなければならない。


 だから僕はソレを、識る。

 彼女に対する情報を目で検索する、一瞬にして流れ込む膨大な情報群。

 様々な世界が目に見える、中には現実に限りなく近いモノもある。

 その中で、最も洗練され最も高等な最先端の技術を求めた。

 脳がパンクしそうだ、鼻から血が垂れる。

 意識が朦朧とし、唇を噛むことで無理やり繋ぐ。

 死んでほしくない、どう足掻いても助けたい。

 出来るはずだ、出来ないわけがない。

 奇跡を幾度も起こした、ならばこの程度の奇跡を起こさないはずがないだろう。


 体内に眠るエネルギーでは足りない、外界に干渉する術は持ち合わせていない。

 では何を削ればいい? 血液か? 肉体か? それとも、何だ?

 

 目が、検索を終えた。

 類似事象、ソレの情報を入手し再現する。

 この目は決して万能ではない、この目を万能にするのは僕自身だ。


 無限にも思える情報量、そらら全てを演算して行く。

 両方の目のピントが合う、世界が明瞭に見える。

 理解も認識も観測も測定も、あらゆることが無味無臭の境地に到達し。

 一気に反転し、現実に引き戻された。


 脳内の血管が千切れた、だから情報を詰め込む。

 脳内の血液が流出した、だから情報を演算する。

 脳内の電気が混迷する、だから情報を出力した。


 自分の魂の所在地、魂の状態を認識し共鳴させていく。

 コアとなる部分を仮想の物質に、魂という物質に共鳴させる。

 不可能だ、しかしできている。


「面白いことをしているな、少年は。『Ένας θανάσιμος εφιάλτης』、四肢の一本目だ」


 劈くような、悲鳴が聞こえた。

 だが、もはや現実に興味はない。

 助けたいと願った、助ける手段を有している。


 魂を共鳴させ、僕の魂を彼女の核とする。

 ソレを行うために、僕の目は遥かを見ていく。


 ああ、理解した。

 理解している、理解し切った。

 この目の正体は、この体躯の全ては、この運命の末路は。

 確定している、知っている、理解している、見ている。


 瞬間、脳が限界の悲鳴を上げ僕は地面に倒れた。


*※*


 女はゆっくりと少女の頭蓋を掴み、片手に持つ剣を振る。

 もはや達磨、失禁し目はむかれている。

 だが、狂気に狂うことはない。


「『Αυτό το σπαθί』、死は等しく冷たく冷酷でだが安寧だ。生命の終わりにやってくるソレに贖う術はない。だから最後には死という、安寧をくれてやるさ」


 ニチャァ、そんな言葉が似合う顔で頭蓋を掴んだ彼女はゆっくりと耳に口をチッかずける。

 脳に炎の剣を差し込み、グジュグジュグジュグジュとかき回す。

 過去は知らず、未来も知らず。

 だが現在では、もはや自動人形を作る技術は喪失している。

 ではなぜ、来巳は自動人形と共に行動したのか? 簡単だ。


「いい素材が来てくれて嬉しいよ、彼に渡したのでストックがなくなっていたんだ。人体錬成はできても魂の錬成はできない、『Θα σε αποκόψω.』。遥か未来まで、眠るといい」


 狂気、恐怖、慟哭に絶望。

 殺せなかった、彼女がここに来た時点で勝負は決していた。

 故に、残っている二人を見てヨルは呟く。

 思った以上に、面白い結果を残した二人を見て。


「運命とは皮肉だねぇ、ようやく死ねるはずだったのに生かされたのは。けど、ある意味幸運だったかな? うん、幸運だったんだろう。初めてだ、摩耗した精神を潤した人間は」


 表情を浮かべている銀色の少女を見て、ヨルはゆっくりと彼女をタリスマンに収納した。

 そのまま少年の、クルミの顔を見る。

 死人といった様子だ、だが呼吸はしている。

 冷静に冷徹に冷酷に、だが自愛を持ってヨルは少年を持つと口角を上げた。


「スマナイね、助けるのが遅れた」


 そういってクルミを抱き上げると歩き出す、彼女の工房に向かって。

 足早に、誰にも見られぬように。

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