シチ_死地

 先手を取る、体が動く。

 最初から不思議に思っていた、この目は本当に別世界を見る目なのかと。

 見ている、だけではない。

 おそらく見ているのは副次効果、本来の効果は見ることではなく。


「僕は、既にソレを知っているッ!!!」


 視認する、右目で世界を見て左目でセカイを見る。

 既に僕は、彼女が行う全てを知っている。

 この魔眼は知ることに特化している、その前段階としての見るなのだろう。

 雷撃が迫る、その雷撃が迫ることを既に僕は知っている。


 解析、開始


 別世界の、異なる世界にしか見えない世界を幻視する。

 いや、これは夢幻ではない。

 確かに実在する、現実だ。


 未知の、測定


 ソレを、測る。

 情報を、この魔眼が何かを知る魔眼ならば。

 当然その知っている情報も、測定できる。

 解析は一瞬、理解より早く情報が叩き込まれていく。


 不可思議の観測


 徐々に加速している、時間にすれば一瞬すらない時間。

 ソレで異世界を観測し、演算し、目の前で行われている事象を測定し。

 そして比較する、違いを知る。

 目で見えている、目で知っている。

 ならば、その無茶は成立する。

 理屈ではない、理解ではない。

 迫り来る攻撃に対し、本能でも理性でもなく。

 ただ反応ができる、体が勝手に動く。


 事象の成立


 知っている、すでに僕はその攻撃を知っている。

 対処法など容易い、寸分の狂いもなく的確に剣を振るだけ。

 体が動く、勝手に動く。

 体内にインストールされた情報が、肉体に刻まれた運動神経がアップデートされていく。


 情報取得


 全ては、この命のために。

 この命は、全てのために。


「『事象対抗アンチテーゼ』」


 瞬間、雷撃は剣に触れて霧散する。

 当然だ、驚くべき結果ではない。

 自分はそのように剣を振った、だから魔術は無効化された。

 ただ、彼女にはその理屈が理解できないらしい。


「な、ぜ? 何故です!? 魔力を使用していない、貴方が行った行動はただの棒振りの域を出ない筈!! なのに、何故!! なぜ私の魔術が無効化されているのですか!?」

「ナニ、難しい事じゃない。、それだけの話だ。さて、時間稼ぎとさせて貰おうか? クソガキが。僕を簡単に殺せると思うなよ、この腕を奪ったことを後悔させてやる」


 剣を握り直す、体に叩き込まれた情報が知っている。

 筋肉量が増えたわけじゃない、体格が大きく変化したわけでもない。

 ただ動き方を覚えた、呼吸が脳内に叩き込まれた。

 一歩踏み出す、それだけで少女が狼狽えたのが目に見える。

 勿論、二度目が行えるなんて毛頭も思ってはいない。

 これは奇跡のマグレだろう、だからどうしたという?

 逃げれば死ぬ、避けれはしない。

 もう既に、ここは死地だ。

 死ぬ気で対抗しなければ、死ぬ。


「死ね、死んで!! 死になさい!!」


 詠唱が、始まる。

 強固に、的確に、濃密に、濃厚に。

 目がそれらを捉え、認識し、検索を開始した。


 ああ、僕は遅まきながらに理解する。

 なぜ先程の攻撃を無効化できたのか、何故その行動を行えたのか。

 簡単な話だ、既に僕はソレを経験しているから。

 行えない筈がない、できない訳がない。

 一度ならず二度までも経験した、ならば意図的に三度目は行える。

 三度できれば、四度目以降も出来ないはずが無い。


「無駄、だッ!!」

「ッ、嘘……!?」


 迫り来る雷撃を、今度は一瞬早く。

 理解の埒外、認識の超越、体が勝手に思考しているかのように動き切り裂く。

 負ける気がしない、万能感というよりは焦燥による必死の覚悟が成している奇跡。

 二度目はないはずの奇跡を、三度も起こす。

 吐き気すらする、僅か一ミリでもズレれば自分は死ぬ。

 何故かは分からない、理屈を知らないから。

 だが、その事実は知っている。


 もう既に彼女が橋の下から飛び出て十分は経過した、そして僕が橋の上に出てきて五分。

 目の前の彼女が迫って、僅か十秒。

 追い詰めているようで、追い詰められている。

 確かに、僕は悉くを無効化しているがそれは万能な訳ではない。

 気を抜けば、その瞬間に殺される。

 そんなギリギリの綱渡りをしている、生きるか死ぬかの闘争。

 興奮などない、あるのは一瞬先で死ぬかもしれないという恐怖のみ。


「魔術の核を、まさかッ!!」


 気づいたらしい、何かを。

 だからといって僕に行える対策などない、ただ祈るように切り裂くだけだ。


 四度目、今度は土の槍が放たれた。

 まっとうな方法では破壊不可能だろう、だがすでにその対処法も

 目のピントが合う、目のピントがずれる。

 現象に対する情報が叩き込まれ、最善の行動を体が行う。

 飛来する槍は、剣戟で砕く。


「嘘……、なんでッ!!? 来ないで、来ないで!!」


 恐怖に震える少女へ、半ば自動的に動くこの体は躊躇しない。

 銀色の剣は、鮮血に染まるべく蛇のように蠢き竜のように力強い。

 殺される前に殺す、本能的に発する殺意は渦を巻いていく。

 

 全身が冴え切った、あと1メートルにまで迫っていた。

 殺せる、確信がある。

 殺したいわけではない、だけど殺さなければ先がない。

 圧倒的なジレンマ、だから本能に従った。

 僕は、死にたくない。

 だから、殺す。


「来ないで、ね?」


 しまった、そう思った時にはすでに遅かった。

 無警戒、だったわけではない。

 むしろ可能な限り警戒していた、じゃぁなんで追いつめられている?

 簡単だ、自分は結局張りぼてだったからだ。


 自分の能力に胡坐をかいた、目に見えるモノをすべてと誤認した。

 目に見えない手段を持っていて当然の相手に、目に見えるモノをすべてと認識したのだ。

 油断、だ。

 生殺与奪の権など、最初から握っていない。


「『Autozähler』」


 カウンター、発動後に回避は不可能。

 見る時間がない、観測する時間がない。

 情報はダウンロードできない、ダウンロードしても展開はできない。

 ダウンロードしても、もうこの体勢からは反撃できない。

 致命的な隙だった、ゆっくりと世界が見える。

 迫り来る、雷撃。

 同じ火力を保有しているのならば、まず間違いなく僕の命は無くなる。

 敗北、同時に死を直感し。


「substitute」


 体を弾き飛ばされる、僕が雷撃を受けることはなかった。

 では、一体誰が? 誰が雷撃を防いだ? 誰が身代わりとなった?

 簡単だ、単純だ、明瞭だ。

 考えるまでもない、考える必要もない。

 僕は、二度も彼女に助けられた。


「やあ、少年。もう下がっていて構わない、この女は私が対処しよう」


 聞こえてきた声、僕はその声に安心感を覚える。

 魔術師、如月ヨル。

 尊大に、自信満々に胸を張り指を鳴らすと。

 そのまま、魔術を行使する。


「正式な契約を結んでいないとは言え、私の弟子を狙うとはいい度胸だ。魔術師一人の命で勘弁してやろう、精々楽に死ねると思うな」

 

 その声には怒気が孕んでおり、真の怒りを感じさせる。

 僕は、その声に安心する。

 安心、してしまった。

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