ロク_整理
彼女の言葉、ソレにより思わず視線を逸らしてしまったが今はそんなことで時間を取られるわけにはいかない。
腕を引っ張られるように、もしくは腕を引っ張るように先へ先へと逃げていく。
互いに、片腕がない。
だけど、残った腕で相手を掴める。
彼女を思い、彼女に思われているかのような逃走劇。
湯だった頭は、いやでも彼女を意識する。
「ここならば、しばらくは安全でしょう」
「……、なぁ。教えてくれないか、君はどういう存在なんだ」
「存在、ですか。ソレは、今必要な情報なのですか?」
「いいや、無駄だろう。けど、今の僕はソレを知りたい」
あの魔術師と名乗った女、ヨルという女と出会った川に再度戻った。
川を跨ぐように架かっている橋、その下の暗がりで僕は彼女に尋ねる。
彼女は、一体何者なのか。
「では先に腕の応急処置を行います、その傍らで話しましょう」
「うん、よろしく頼んでいいか?」
できる限り、視線を逸らしながら答えた。
仕方ないだろう、彼女が前傾姿勢になれば実った果実が見えてしまう。
ゆったりとしたワンピースを着た彼女、まるで人形のように美しい彼女。
どれだけ理性が働いても、死に目に遭った本能は欲に正直だ。
「私は
「……、どうやってこのお守りに入っていたんだ?」
「分かりません」
「じゃぁ、質問を変えてもいいか? あの襲ってきた少女は?」
僕の問いかけにシナは少し考えてから返す、まるで何かを検索するように。
あの少女、僕を襲った女の子の名前は『シャルル・ビューネリー』というらしく魔術師の中では有名な存在らしい。
僕を襲った理由に関してはあのヨルという女のとばっちりの可能性が高いとの事、僕の中では明確にあの女が碌な事をしないのは確定事項となった。
絶対に一発は殴る、そうじゃないと気が済まない。
「どうにか、勝てるのか?」
「腕の方を見ないように、痛みが来ます。3……、2……、1……。はい、大丈夫ですね。さて勝利する方法ですが、現状ではありません。なのでこの場合は勝利条件を設定します、勝利条件はヨル様との合流です。ヨル様であればあの程度の魔術師に対して遅れをとることはございません」
「腕が……、付いてる? 再生でも行ったのか?」
「再生ではございません、私の切断された腕を接合しました。手の向きなどは細かに調節したため、違和感は少ないかと思いますがどうでしょうか?」
引っ付いた腕を軽く触る、感覚があり確かに自分の腕にしか感じない。
神経とでも接続したのか、一体どうなっているんだ?
いや、今は理屈を考える必要はない。
僕の腕は復活し、彼女の腕がないという状況を知れれば十分だ。
理屈は、後で考えれば済む。
「うん、最初からついているかのようにすんなり動く。ありがとう、けどソレじゃぁ君の腕はどうなるんだ……? 戦力的に考えれば君を優先するべきだったと思う」
「私のことは構う必要がありません、時間経過で再生します。ソレに貴方の腕がこれ以上ない状態が続けば化膿を始めとした不都合が発生し最終的には肩から先の全てを切断する必要が発生します」
「そう、か。わかった、ありがとう」
「現状をご理解いただき恐縮です」
思った以上に怖い内容に震えつつ、接着された腕を軽く動かす。
後からつけたにしては、いや元々ついていたかのようにスムーズに動く。
握り、開き、握り開く。
一切の誤差なく、スムーズに動く様子に思わず口元を歪めた。
「では最終目標をお伝えします、最終目標は貴方の生存の上敵対存在の殺害か無力化です。そのために我々は朝霧市中央区河傍町の668−3125まで駆けつけなければなりません、逆を言えばそこまで向かえば間違いなく生存を保証できるでしょう」
「なんで彼女は助けてくれないんだ?」
「ヨル様は現在睡眠中であり、本契約を結んでいない状態ではこちらからの通信は全て重要度の低いモノとして処理されます」
「使えねぇ」
不審者は無能らしく、弟子候補のはずだが見殺しにする気だろうか。
だが頼れる相手は、彼女しかいない。
あの魔術師相手に、僕が生き残るのならばその方法以外に手段はないだろう。
息を整える、覚悟を決めた。
「一つ質問だ、その斧を振り回せるのか?」
「両腕がなければ本来の性能の80%も発揮できません、また貴方の筋力では本来の性能の90%も引き出せません」
「じゃぁ、形は変えられるか?」
この質問には、少し頭を捻っていた。
そして最終的に弾き出した回答は、イエス。
彼女はこの武器の形状を変更できるらしい、ならば少しは時間稼ぎができそうだ。
少し、笑う。
目が以上なのは知っていた、けどソレを明瞭にされたその翌日にこんなことが起こるなんて思わなかった。
自分が柄にもなく興奮しているのがわかる、戦うという言葉に高揚感を覚えていることも同時に理解できる。
そして、興奮に茹った頭はソレでも正確に情報を集積した。
「君は、このスマホを持って彼女を探してくれ」
「しかし、ソレでは」
「ソレでも、だ。僕じゃ正確な住所がわからないし、それ以上に君よりも遅い。しばらくはまだ見つからないだろう、だけど暫くを超えたら? 短い時間ではあるけどその短い時間を活かすなら君が向かったほうがまだ生き残る可能性がある」
「……、議論は無駄ですね。私は、貴方の意思を尊重します」
そういうと、彼女は斧を変質させ始めた。
見る見る内に斧は変形し、両刃の剣に変化する。
同時に彼女の腕も再生した、どうやらこの斧の素材と彼女の肉体は似たような代物らしい。
一息を吐き、その剣を受け取ると僕は彼女を見送った。
息を、整える。
心を、整理する。
吐きそうな喉を抑え、小刻みに震える足を止める。
何度も見た、ソレは僕にとって娯楽だった。
死地に赴く勇者たちは、何よりも心を躍らせる英雄だった。
そして今、僕はその英雄になろうとしている。
無謀と笑えばいい、こんな僕を嘲笑えばいい。
だけど、不思議と勝ち目を感じている。
目が訴えている、目から流れるセカイが僕に対して訴えていく。
勝ち目はある、勝てない戦いではない。
むしろここで彼女と共に向かえば死ぬ、殺される。
お前が剣を取れ、お前が死地に赴けと。
だから、僕は橋の裏から出た。
月明かりが、橋の電灯が僕の姿を照らしていた。
少し肌寒いようで、夏の蒸し暑さが残っているような。
そんな、僕にとってありふれた夜。
「あら、ら?」
「なんだ、クソガキ。僕が相手じゃ、不満か?」
「いえ、ですが無謀と蛮勇を間違えた愚か者が一人見えただけですので」
「一つ聞かせろ、警察や救急車の職員はどうした?」
血の匂いが、香る。
脳の中のスイッチが切り替わったような気がした、平凡なはずの僕の中にあったソレは明白な殺意を孕んでいる。
殺せ、殺せ、これは生存競争だ。
告げられる言葉の数々、僕の脳内に存在する情報の数々。
だけど、ソレらは一つの言葉にねじ伏せられる。
勝ち目がない、だから生きるために戦えという言葉に。
「もちろん、
言葉を聞き終わる、その寸前から。
僕の体は、動き出していた。
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