ゴオ_救命

 この映像は、ユメだろうか。

 この世界は、現実だろうか。


 夢ならば、それでもいい。

 現実であるのならば? ならば単純だ、生きるために全てを差し出すべきだ。

 だが、どうしても僕には現実に見えなかった。


「ッ、そちらの術式とは予想外です!! 救命の連絡こそがブラフであり本命は圧縮された致死の呪いの逆位置とは!!」

「Designation、Action、Target supplement」


 僕の命を狙っていた少女が、今度は白銀の流星に追いかけられている。

 煌めく姿は星のよう、だが手に持っている戦斧が流星ではなく戦士であると否定する。

 音が聞こえ始めた、爆発音と同時に英単語を羅列した少女の声の機械音声のような言葉。

 流暢さよりも、目的のための発音が正解かもしれない。

 機械が、行うべきことを目の前にし、コードを吐くような声だ。


「ああ、生きていたのか」


 目が完全に覚醒した、生きるために動くべきだ。

 生暖かい液体が僕に降り注いでいる、背後を見れば真っ二つに切り裂かれた獣の骸があった。

 吐き気、匂いと聴覚による死の明確な認識。

 だが、それがどうした? 何度も見てきたじゃないか。


 そう思えば、多少はましになる。

 今はごまかしだ、だがそのごまかしでこの気持ち悪さが後回しになるのなら十分だ。

 再度、世界に対してピントをずらす。

 明瞭に、はっきりと世界が見えた。

 目の前で戦っている少女二人、恐ろしく強くビルとビルの狭間を飛び回り方や僕を殺すために。

 そして片や、僕を守るために戦っている。

 強い、どちらも。


「おや、目覚めたようですよ?」

「targeted annihilation、or、Target protection、Choose one or the other、Protection、and、Escape initiation」


 瞬間、戦斧を持っていた少女が僕に急接近し僕の体を無理やりつかんだ。

 そのまま一気にビル群の中を駆け抜けていく、まるで小型の車のようだ。

 路地裏を抜け出し、大通りで車の目の前を駆け抜け。

 電線に足をかけ、空へ跳ぶ。

 恐怖はない、僕のうちにあるのは安堵だけだった。

 助かった、その想いが心を占める。


 しかし、その思いこそが間違いだったと気付かされるのはそう遠くない話だ。


 不意に、突然、突発的に。

 表現する言葉は無数にあるが、それの何れもが正しくはない。

 むしろ、間違っている。

 僕はその事実を予感していた、だけど僕はその予感を頭から追いやっていた。

 魔術とは、神秘のようなものにして想像の埒外の賜物。

 奇跡に等しい産物、不可思議の証明。

 こうやって空を飛ぶかのような動きをする彼女がソレを証明している、では何故。

 あの少女が空を飛べないと、錯覚していたのか。


「ッ、くぅ……!!」


 急にバランスが崩れた、僕を支えている銀色の少女の動きが急激に鈍ったようだ。

 何故、思考が終わるより先に声が聞こえた。

 恐ろしい、恐ろしい少女の声が。


「ふふふ、その身体能力は恐ろしいですが……。まさかそう簡単に逃げれると思っていましたのですか? 愚かにも程があります、よ?」

「Recalculation、difficult to withdraw、no reinforcements、No interception、Recovery begins」

「させませんよ? 回復なんて。時間をかければ彼女が来るのは分かり切ってますし」


 襲いかかってきた雷撃、銀色の少女はその雷撃を浴びて痙攣する。

 いや、痙攣では済まない。

 放たれたソレは、彼女の腕を破壊した。


 機械のフレームのようなその腕、壊れ切っているソレを見て僕は顔をゆっくりと強張らせる。

 人間のような彼女が機械だったことに対しては何も思わない、ソレは何度も観てきた。

 だけど、目の前で機械であったとしても人に見える存在が死にかけているのだ。

 少女が、死にかけている。

 ここで腰をぬかして逃げるなんてことは許さないしできない、僕が生きるためには戦うしかないのは明白だ。

 戦えるのか、僕に?

 武器がなければ道具もない、知恵もない能力もない。

 だけど、生きるためには戦わなきゃならない。


 転がっている斧を、彼女が使っていた斧を取る。

 重い、金属で作成されたソレを振り回すことは難しいだろう。

 だけど、持たなきゃならない。

 持って、対抗するべく立ち上がらなければこの吹けば消し飛ぶ二つの命は助からない!!


「……無謀と勇敢は間違えてはいけません、その命は小鼠が猫に痛ぶられるように消費するべきではないでしょうか?」

「日本には、窮鼠猫を噛むって諺があるんだ。舐めてると、痛い目を見るぞ。僕を舐めるなよ、クソガキが」

「……死にたいのならば、大人しく殺して差し上げましょう」


 迫る雷撃、今度は詠唱すらない。

 回避できる運動神経はない、反撃など不可能。

 今度は、目も動かない。

 ピントは相変わらずズレたまま、この世界を見続けている。

 だけど、ソレで構わない。

 下手な情報は、この致命の一瞬を逃す。


 雷撃が発射された瞬間、僕は斧を目の前に放り投げた。

 大して飛ばない斧、相当な重量を持つそれ。

 だがソレでも構わない、目的は投げつけることではない。


 雷は、


 電気は金属に誘導される性質を有する、ソレは単純な話であり魔術においても同じことだった。

 何故、銀色の。

 僕を救った少女に向けて放たれた攻撃は、彼女の心臓付近を狙わなかったのか? 答えは狙ったけども軌道が変化したためだ。

 彼女の斧、金属のソレに向かって攻撃は曲がった、だから腕を吹き飛ばすに止まった。

 本来は致命傷を狙ったソレは、幸運にも歪み致命傷に至らなかった。


「男子高校生を、舐めるなぁぁぁああ!!」


 防御に成功した、背後に吹き飛ばされる金属の斧をすり抜けるように全方へ進む。

 路地裏から脱出し、ここは既に大通り。

 こちらは建物に近い位置、相手は歩道ではあるがほんの少しでも押せば車道へと倒れ込むだろう。


 そして雷撃の連射は不可能だ、できるのならば腕を吹き飛ばした時に間髪入れず放てばいい。

 だが、しなかった。

 であれば、できないと考えるべきだろう。


 重心を下げ、後先考えずタックルを仕掛ける。

 おそらくインターバルはそう長くはない、精々一秒。

 だけど、10メートルも離れていない距離だ。

 10メートルなど、一秒なくとも詰め切れる。


「くぅ、ぁぁぁああ!!」


 弾き飛ばした、その感触と同時に鈍い音が聞こえる。

 飛ばされた彼女、重量差によって止まることができなかった彼女は車道に吹き飛びそのまま車に弾かれたらしい。

 荒ぶる呼吸を整えながら、吹き飛ばされた彼女を見る。

 急停止した車、その数メートル先で気絶していた。

 だが生きている、その事実に安心した自分を可笑しく感じながら息を整え銀色の彼女へ近づく。


 逃げなければ、今すぐ。

 そして、こと今の状況に限っていえば一人よりも二人の方がいい。

 銀色の、僕を助けた謎の少女にちかづく。

 僕が借りた斧も、忘れずに。


 どうやら、生きているらしい。

 瞬きをしながら、立ちあがろうと動いている。

 近くに転がっていた金属製に見える腕をとって傍に挟み、手を差し出した。


「大丈夫?」

「Speech adjustment、助けていただきありがとうございます。斧は私が持ちますので、脇の下に腕を差して支えてください」

「了解」


 できるだけ気楽に返答し、逸る心を押さえ込む。

 聞きたいことは幾らでも、だがまず最初に言わなければならないこと。

 そして聞いておくべきことがあるだろう、話はソレからだ。


「僕の名前は、来巳達也。さて、君の名前を聞いてもいいかな?」

「……、私の個体識別名は『AG_47』です。ですが呼び辛いのならば他の呼称でも、問題はありません」

「ふぅん? じゃぁ、今からお前の名前はシナだ。47でシナ、いい感じだろ?」

「……そうかもしれませんね、ええ」


 そのまま、彼女は一瞬立ち止まる。

 そして腕を解くようにゆっくりと、僕の体を気遣うように腕を外し。

 

 僕の唇を、奪った。


 一瞬だった、一息だった。

 生暖かい何か、優しく柔らかい何かが当たっただけ。

 僕がキスをされたと気づくまでに、彼女はキスを終えていた。


「貴方へ忠誠を誓いましょう、来巳さん。今から私は貴方の腕となり剣です、どうぞ存分にお使いください」


 決定していた、決まっていた。

 きっと、そうなのだろう。

 おそらく、そうであったのだろう。

 僕が、彼女に恋をしたのは。

 無表情で冷徹で、銀色の彼女が僕に向かってそう言った瞬間に。

 僕は、これ以上なく恋をしていたのかもしれない。

 少なくとも、その美しさに僕は惚れた。

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