ニイ_魔術

 彼女の言葉は驚愕に値し、だが眉唾物ではあった。

 嘘ではない、彼女は嘘を吐いてはいない。

 だが信じるにしても、馬鹿馬鹿しい話でしかない。


「そんなこと、聞いたことありませんよ」

「ああ、だって秘匿しているのだから。この地球上に存在する魔力はもう既に有限だ、人類が使えばすぐに枯渇するだろう。だから秘匿し、数少ない人間の特権とした。よろこべ少年、君は世界の裏側を知ることができる権利を得た」

「馬鹿馬鹿しい……、証明できるんですか?」

「勿論、できるとも」


 彼女が指を弾いた、音と共に虚空に火が灯る。

 ガスで燃焼しているのか? 否、そんな手品ではない。

 燃料はどこにある? 否、どこにも見えない。

 理屈が通っているのか? 否、存在するわけない。


 見たことがある、これは。

 僕は確かに、過去で見た。

 この目で、はっきりと。


「魔法……」

「いいや、魔術だ。世界のシステムであるアカシックレコードに登録されていない、自分で作り出した理屈や理論。我々が継続し、延命し、昇華させる技術の体系。ソレを我々は、魔術という」

「……ヨルさんは本当に、魔術師なんですね」

「疑う余地など最初からないであろうに、このガキンチョは……」


 半分笑いながら、火を握りつぶすと彼女はペットボトルの蓋を開ける。

 プシュ、爽快な音と共に開けられたペットボトル。

 緑と茶色の中間色、酷い見た目のソレを口へと持っていき喉を震わせた。

 美味しそうだ、いや美味しいのだろう。

 ご機嫌取りでこうやって飲んでいるわけではない、ソレがよくわかる飲みっぷりだった。


「さて、クルミくんの目の話に行こう。まず君の魔眼の種類は不明だ、だから君に聞く事にしよう。君はその目で何が見える? さぁ、教えてくれ」

「異世界が見えます、たまにこの世界っぽいのも見えますけど」

「……は?」


 あんぐりと口を開け、疑問をぶつけるように睨みつけてくる。

 何か文句でもあるのだろうか? 何か疑問に思うことがあるのだろうか、ソレとも僕の答えがソレほどまでにおかしいのだろうか。

 手を顔に寄せ、眉間を弾き。

 そのまま不機嫌そうに、足を揺らす。


「確かに、クルミくん。君には、異世界が見えるんだな?」

「少なくともドラゴンとかが出てくるのは異世界じゃないですか? あとモンスターとか」

「……参った、訳がわからない。というか、何で存在しない異世界を見れるんだ? もしかすれば現代魔術史全てが間違っているのか? いやまさか。間違っているはずはない、もしソレが間違っていれば魔術は使えるはずがない……」

「わかるように呟いてくれませんか?」


 僕の言葉に、ゆっくりと顔を上げ。

 そのまま分かりやすく、説明しようと話をまとめる。

 唸るその様子に少し可笑しく感じた僕は、あがった口角を隠すようにジュースを飲んだ。

 そして再度、目を向ける。

 余裕綽々の様子だった先ほどとは違い、焦ったような顔をしている。

 汗も欠いている、慌てているようだ。


「まず、まず前提だ。この世界に異世界は存在しない、この世界は異世界という世界の土台が違う場所は存在しているはずがない。となれば君のその目の機能は、たどった別の可能性を見ているか。もしくは化け物が跋扈している遥か大昔を見ているか、仮想の世界を作成しているのか……」

「全部妄想の域を出ない話ですね、ソレ」

「困ったな……、これでは下手にくり抜けない。利用するにしても、ロクな手法がないじゃないか。せめて効果の方向性がもう少し、明確だったらいいんだが……」


 再度悩み出した、というかくり抜く可能性もあったのか。

 恐ろしい、と思い自分の感覚が如何に不確かであやふやなモノなのかを理解した。

 目の前の存在は女豹だ、自分の利益の最大化のためならその手段を選ばないだろう。

 確かに、自分と同じ視点を持つ存在だ。


「なるほど、答えは簡単だ。クルミくん、君。私の弟子にならないか?」

「……考えさせてください、そんな急に言われても」

「ダメだ、ここで決めろ」


 雰囲気が、一変した。

 目が鋭く、空気は凍りつくように。

 冷たい、息ができない、苦しい。

 目の前の女性は、今の自分に猶予を与えない。


「肯定以外、許しませんよね? その対応」

「当たり前だろ? 君のソレは世界をひっくり返す可能性を持っているんだ、価値のレベルが変わったよ」


 負け、だ。

 逃げられない、僕はどうやら蛇に睨まれた蛙。

 獅子の前の肉、猫の前にいるネズミらしい。


 いきたければ肯定するしかない、死にたくないから肯定するべきだ。

 答えは既に決まっている、そう呟いたのは他ならない自分だ。

 逃げない、逃げられられない、逃げることが許されない。

 僕は諦め、そのまま笑みを浮かべ。


「どうする? 早く言ってくれ、私は悠長に待っている暇はない」

「言うまでもないですよ、答えは既に決まっているから」

「Yesか、Noか」

「当然、」


 Yes、だ。

 契約はここに成立した、悪魔ならずとも魔術師に僕は魂を売った。

 死にたくない、そして何より知りたい。

 僕の見ている視点、世界を。

 僕は、知るきっかけを得たのだ。

 だから知りたい、二度と逃すことが許されないこの奇跡の糸を掴みたい。

 最初から、やっぱり答えは決まっていた。

 僕は最初から、この言葉に対して肯定する他になかったのだ.

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