第89話

───と、思ったのに。





石段の途中で、後ろからグッと腕を掴まれた。





「何か……あったのですか?」





いつもは穏やかな翡翠様の声が、少しだけ焦りを含む声色に聞こえて、ドキリと心臓が飛び跳ねる。



翡翠様は、狡いと思った。



私の事なんて、好きじゃないならそのまま放っておけばいいものを、こうやって何かしら気にかけてくれるから、



……だから、私が勘違いしてしまって、諦める事が出来なくなるんだ。




「……何でも、ありません。」



完璧な八つ当たりだと分かってはいても、口調に棘が含まれるのを止められない。


私は敢えて前を向いたまま、返事を返した。


今振り返ったら、ささくれ立った心が、翡翠様に何を言い出すか分からない。



翡翠様は何もしていないのに。

勝手に勘違いしそうになる私が悪いのに。



なのに。





「…小春さん?」





そう、少しだけ不安気に名前を呼ばれて、


堪らなくなって私は、振り返って握られていた腕を振り解いた。

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