第86話

「だから向こうで頑張って、夢だったデザイナーの職に就職までしたのに、…なのに私、帰ってきちゃって、本当ダメですよね。」



そう言って、彼女は恥ずかしそうに笑った。


でも、何故か真剣な強い眼差しを向けられて、視線を逸らす事が出来ない。




「…ごめんなさい。小春さんが、ひー君を想っているのは知ってるんです。でも、私も彼を諦めきれなくて。だから、今更図々しいけれど、同じ土俵に上がる事を許して下さい。」



楓さんが気まずそうに、でも真っ直ぐに私を見つめて言った。





………同じ土俵って。


私は、彼女と同じ土俵にすら立てていないのに。






正直今更、土俵も何もないと思う。

だって、私の場合はただの……“一人相撲”でしかないんだから。




楓さんからは、今度こそ翡翠様と結婚する為に帰ってきたんだっていう決意が、ヒシヒシと伝わってくる。


彼女はそんな人ではないのだろうけれど、有力檀家の娘である以上、翡翠様が断る事はない。


っていうか、それ以前に、二人は両想いなんだから、







────邪魔者は、私だ。

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