第40話

いつもの私であれば、翡翠様から声をかけられたなら、飛び上がって喜ぶ出来事なのに。


それなのに。


…今はこの場から逃げ出したい。



「え、係長、知り合い何スか??」



藤森の声に、苦笑いしつつぎこちなく振り向いた。



「ひ、翡翠様、偶然ですねっ。こんな所でお会いするなんてっ」


「…ええ。私はこちらの講演会に呼ばれておりまして。小春さんはお仕事ですか?」



翡翠様の穏やかな声と、柔らかい笑みに、ドキドキしつつもやっぱり癒される。


ああ。

こんなに瞬時に癒されるなんて、やっぱり翡翠様の癒し効果は絶大だ。



「あ、はい。セミナーに後輩と参加してました。」


「そうでしたか。」



そう言って、翡翠様が九条課長と藤森を見てにこやかにゆっくりと頭を下げた。



「幸源寺の副住職をしております、翡翠と申します。」


「あ、どうも。俺、桜木係長の部下の藤森です。」


「これは御丁寧に、桜木の上司の九条です。」



二人とも翡翠様につられて頭を下げていて、思ったよりも和やかな雰囲気にホッとしていると、藤森がニヤニヤしながら私を見てきた。

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