第34話

───左腕が軽く、グイッと後ろに引っ張られた。




え?




びっくりして少し傾きながらも後ろを振り向くと、翡翠様がふわりと私に近付く。



「すみません、髪に…」



そう言って、ふわりと法衣の裾が私の頬を掠めた。



「…桜の花びらが。」



……え?


と、つい上を見上げて、翡翠様の伸びてきた手をじっと見つめる。


すると、私の頭の上にあるであろう花びらを、取り終えた翡翠様と至近距離で目が合った。


ドキッ–––


と、心臓が大きく跳ねる。



無言でお互い見つめ合う事、数秒…だったと思う。


私にはとても長い時間に感じられたけれど、翡翠様の顔が更に近付いてきて、私の時間は完璧に止まった…気がした。




これって……まさか……



ドキドキと心臓が早鐘のように鳴り響く中、翡翠様の唇に私の視線が集中した瞬間、



──フッと、翡翠様が微笑んだ。



「ほら、取れましたよ。」


「……へ?」


「桜の花びらです。」



そう言って、私の目の前に翡翠様が花びらを見せる。



………な、なぁんだ……。



一瞬、



キス…



されるのかと思った。





ニコニコ微笑む翡翠様を見て、ガックリと肩を落としつつ、今度こそ本当に会社へと急ぐ為に、翡翠様と別れた。

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