第32話

「翡翠様、もしかして…」



聞くのは失礼だと思いつつも、どうしても確認したくて口を開くと、翡翠様がニッコリ笑った。



「未練が全く無いと言えば嘘になりますが、今はその方の幸せを願っておりますよ。」



穏やかにそう告げた翡翠様の声に、濁されるよりも、本心が聞けた方がいいと思っていたのに……私の心のモヤモヤは、いまだ晴れないままだ。



「……小春さんは、仏様が何故『半眼』なのかご存知ですか?」



少し俯いていると、翡翠様に唐突にそう聞かれて、驚きつつも緩く首を横に振った。



「仏様の目は、開いている半分は世間を見つめ、閉じている半分は自身の心の内面を見つめているのだと言われているのですが、それは全てを目で見ただけで判断せず、己の心にもきちんと目を向け両面性を備える事が大切だ、という教えなのです。」



黙って翡翠様を見つめる私に、彼はふわりと微笑んだ。



「ですが半眼は、恋愛にも例える事が出来るのでは、と私は思います。世の中全てのものが見えてしまったら、見た自分自身が深く傷付いてしまう。だから、あえて半眼でいて全てのものを見ないようにする。そうすれば、自身の心に眼を向ける時間も増えて、また見方も変わってくると思うのです。」



え…、と驚いて翡翠様を見た。


翡翠様は、私の弱い部分を的確に見抜いている。


翡翠様の過去を気にする私と、私自身の過去の恋愛を気にする私と。今の言葉はどちらにも当てはまる。



…やっぱり、翡翠様には敵わないなぁ、と涙が出そうになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る