56 終焉


 ごろり……。


 白い仮面をつけたような形状の【聖女マリエル】の首が床の上を転がった。


「おのれ……邪悪な……魔族……め……」


 うらめしげに俺をにらむマリエル。


「だけど、私たちは……負けない……いずれ必ず……あなたたちを……滅ぼ……す……」


 それだけを言い残し、マリエルの頭部は光の粒子と化して消滅した。


 同じように首を失った胴体もまた光の粒子となって消え失せる。


 俺はそれを見届けると、レキの元に歩み寄った。


「レキ……」

「勝ったんですね……ゼル……さ……」

「レキ!」


 まだ、息がある!


 俺は慌てて彼女の側にしゃがみこんだ。


「しっかりしろ、レキ……! 大丈夫だ、俺がすぐに宿まで連れていく! とにかく治療を受けよう!」

「無理……です……」


 レキが弱々しく首を振る。


 その呼吸がどんどん弱くなっていた。


 顔色は青ざめ、はっきりと死相が浮かんでいる。


 もうレキは助からない……!?


 最後の力を振り絞って、俺に呼びかけてくれただけだったのか……?


「聖なる力で……魔族が受けるダメージは……人間には治せません……」

「そ、そうだ! 魔界に戻ればいい! 今すぐ戻ろう!」


 俺はハッと思いついた。


 魔界への門は基本的には任務終了時に開くようになっているけど、緊急時にはこっちからの連絡で開くこともできる。


「俺がすぐに連絡するよ。だから――」

「もう……私の命は……消え……ます……」


 レキが言った。


 ほとんどささやくような声だ。


 もう、それくらいの声しか出せないんだろう。


「ああ……やっぱり、死ぬのは怖い……ゼル……さん……」

「レキ……!」

「手を……握って……ください……」


 俺は彼女の手を取った。


 驚くほど冷たい。


「温かいです……なんだか、落ち着く……」


 レキが目を閉じた。


「なんだか……眠くなって……きました……」

「……ああ。休めば、きっと体もよくなる……」


 俺は言いながら、どうしようもなく胸が苦しくなった。


「じゃあ、少しだけ……休み……ます……ね……」


 レキの手から力が失せる。


 動かなくなった。


 俺はしばらくの間、その手を握っていた。


 それから彼女の両手を胸の前で組ませる。


「ゆっくり――休むんだ、レキ」


 必ず、俺が魔界まで連れて帰ってやるからな。




 俺はいったんダンジョンを出ると、ミラやバロールと連絡を取り、もう一度戻ってきた。


「レキ……嘘だろ……」


 ミラがその場に崩れ落ちる。


「レキ――」


 バロールは沈痛な表情だ。


「俺を……助けるために……」


 それだけを伝える俺。


「お前たちが魔族だと知っている者は、全員殺したんだな?」


 バロールが確認する。


「ああ。四人とも」


 俺は彼に説明した。


「俺とレキで確実に殺した」

「そうか。よくやってくれた」


 バロールは俺の肩に手を置いた。


「『よくやってくれた』じゃねーよ! レキが死んだんだぞ!」


 ミラが叫ぶ。


 目が真っ赤だ。


「俺たちは軍人だ。彼女は立派に任務を果たした」


 バロールが言った。


 苦しさでうめくような口調で。


「ぐ……うううう……」


 ミラは押し殺したような嗚咽をもらし始める。


「っ……!」


 バロールは涙こそ流さないものの、歯を噛みしめて苦しげな表情だ。


 そして俺は――。



****

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