54 託す者


「【悪滅の輝き】」


 カッ!


 ふたたびマリエルが光線を放つ。


 今度は一発ではなく、何発も。


「ちいっ……」


 俺は動き回って、それらを避けていく。


 さっきレキに治癒魔法をかけてもらい、体が回復していたから良かったものの、ダメージを受けたままの状態だったら、とても避けられなかっただろう。


 それでも――相手の手数が多すぎる。


「ふふ、先にレキさんの方から殺しますか」


 と、マリエルの視線が俺からレキに移った。


「! や、やめろ――!」


 俺は慌ててマリエルに向かっていく。


「――なんて、ね」


 ふたたびこちらを向くマリエル。


 さっきの言葉は俺に向かってこさせるための挑発だったようだ。


 その可能性は当然頭に入れていたけど、だからといって無視するわけにはいかない。


 本当にレキが狙われる可能性もある以上、俺が助けるしかないんだ。


「おおおおおおっ……!」


 俺は一気に加速して、マリエルとの距離を詰めた。


 中途半端に逃げいても、どうせやられる。


 なら一か八か、接近戦で――。


 ばしゅっ……!


 マリエルの光線を避けきれず、俺は左腕をズタズタにされた。


「ぐあっ……」


 腕が消滅しなかったのは不幸中の幸いだが、大ヤケド状態で使い物にならない。


「まだだ……!」


 激痛を無視して、俺はなおも【突進】する。


「終わりです」


 マリエルがさらに光線を放った。


 痛みで意識が薄れ、反応が遅れる俺。


「し、しまっ――」


 これは直撃する――!?


 カッ!


 その時、俺の前方に輝く光の壁が出現した。


 マリエルの光線はそれに阻まれ、俺まで届かない。


「これは……?」

「ゼル……さん……」


 振り向くと、レキが俺に向かって手を差し伸べていた。


 どうやら、今の光の壁――おそらく魔力障壁だろう――は彼女が作り出したものらしい。


「レキ! 自分の治癒に専念するんだ!」


 俺は慌てて叫んだ。


「私はもう……せ、せめて、あなたに……」

「レキ、休んでいてくれ……本当に死んでしまう――」

「どのみち……こ、この傷では……助かりません……」


 苦しげなレキの顔には、もはや死相がはっきり浮かんでいた。


 吹き飛ばされた腕や腹の傷口から白い煙が上がり、体がどんどん侵食されていく。


「あの光線は……おそらく【浄化】の強化版……魔族にとって――」


 ごぼり。


 レキの口から血の塊がこぼれた。


「レキ!?」

「致命傷……です……私はまもなく……」


 レキはさらに血を吐きながら、続ける。


「じ、自分で分かるん……です……わ、私の命は……もう……つ、尽きま……す……」

「そんな――」


 俺は呆然と立ち尽くした。


 仲間が、死ぬ。


 俺の近しい存在が、死ぬ。


 もちろん、今までにも同じ部隊の魔族が死ぬところは見てきた。


 前世で日本に生きていたときと違い、今は『死』は決して遠いものじゃない。


 けれど、レキは――。


 俺に悩みを打ち明けた時の彼女の顔が浮かんだ。


 俺に嬉しそうに微笑んだ時の彼女の顔が浮かんだ。


「い、いや、まだ分からないだろ! ミラやバロールに聞けば、何か治癒する方法が――」

「ありません……ですが、ゼルさんは助かる可能性があります。私が、命を懸ければ……」


 レキがまた血を吐いた。


「生きてください……ゼルさん……」

「けど、君は!」

「私の話を聞いてくださって……私の悩みのことを一緒に考えてくださって……嬉しかった……だから――」


 ボウッ……!


 レキから放たれた光が――膨大な魔力が、俺の体を包んだ。


「あなたは……生き……て……」


 その言葉を最後に、レキの左手が力なく落ちた。


「レキ……?」


 すでに彼女はピクリとも動かない。


 生気が、感じられない――。





****

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