27 ミラ・ソードウェイは最強を目指す(ミラ視点)

 SIDE ミラ



 ミラ・ソードウェイはある盗賊団の頭領をしていた。


 ほんの五十年ほど前の話である。


 彼女はみずから先頭に立って隊商を襲い、あるいは豪商の屋敷に討ち入り、その卓越した戦闘力ですべてを蹴散らし、財を奪ってきた。


 近隣で最強の盗賊団と、その名を轟かせていた。


 そんな盗賊団を統べる自分こそが最強なのだと、ミラは誇りを持っていた。


 が、その誇りはすぐに打ち砕かれる。


 あるとき、魔王軍の正規部隊――その中核にして精鋭である『魔王騎士団』の一部隊によって討伐に遭い、盗賊団は壊滅してしまったのだ。


 当時、その騎士団を率いていたのは、現在では3番隊の隊長に降格しているラヴィニアである。


 団員はことごとく処刑されたが、ミラだけはその剣の腕を見込まれ、魔王軍の一員としてスカウトされた。


 そうして、彼女は盗賊から軍人になった。


 世の中で自分より強い人間はいないと自負していたが、軍にはラヴィニアを始めとしてミラより強い戦士がいくらでもいた。


 自分がいかに自惚れていたのかを知った彼女は、同時にさらなる力を欲した。


「俺は、誰よりも強くなりたい」


 自分が目指すべきもの、目指したい目標を見出した瞬間でもあった。




 ミラは【ソニックブレイダー】という中級魔族だ。


 剣士系の種族であり、名前の通り速力に特化したステータスを持つ。


 その速力を最大限に活かし、ミラは二刀流での嵐のような連続攻撃を得意としている。


 この圧倒的な高速攻撃でミラは今までに幾多の敵を倒してきた。


 攻撃こそ彼女の象徴であり、最大の武器である。


 反面、受けに回ると弱く、彼女の攻撃を凌げるレベルの敵に反撃を食らうと、意外なほどの脆さを見せる。


 ミラはそれを克服しようと、ずっと取り組んでいるのだが、未だに成果は出ていない。


 騎士団に入った当初に抱いていた『誰よりも強くなりたい』という思いは、少しずつ澱んでいった。


 どれだけ努力しても、強くなれない。


 上には上がいて、果てがない。


 自分が最強を目指すなんて、しょせんは無謀な挑戦だったのだ。


 キラキラと輝いていた彼女の『夢』は、少しずつ『諦め』へと転化していった。


 そして、今回も――。


 ミラは、また負けた。




「うっ……」


 ミラの意識がゆっくりと覚醒した。


「ここは――」


 見知らぬ天井だった。


「気が付いたか、ミラ」


 ゼルが駆け寄ってきた。


「俺は……」


 だんだんと記憶がよみがえってくる。


「……負けたのか」


 苦い思いがこみ上げた。


「命が助かってよかったよ。一時期は危なかったんだ」


 と、ゼル。


「よかった……だと」


 ミラはぎりっと奥歯を噛みしめる。


「何がいいんだよ。俺は負けた。惨敗だったんだ! いいわけないだろ、こんなの!」

「生きていれば、またリベンジだってできるだろ」


 ゼルが言った。


「簡単に言いやがって……」

「俺たち二人なら簡単だよ」


 苛立つミラにゼルが言った。


「今度は負けない」

「お前……」


 ミラは少しだけ気持ちが軽くなるのを感じた。


 彼女は敗北に打ちのめされているが、ゼルは違う。


 すでに『次』へと思考を向けている。


 打ちのめされたばかりで、すぐに立ち直って――。


 前へ向かおうとしているのだ。


「……そうだな。俺もお前を見習うとする。へへっ」


 前向きな言葉を口にしたものの、心の中にはぬぐいきれない虚無感があった。


「そうだよ。それでこそミラだ」


 ゼルは嬉しそうに微笑んでいる。


 彼は夢にも思っていないだろう。


 ミラが、内心ではすでに『最強』を諦めかけていることを。


 その心が折れかけていることを……。


     ※


 ――気のせいだろうか。


『俺もお前を見習うとする』


 そう言ったミラの言葉が、どこか力なく聞こえたのは。


 とりあえず、俺はいったんミラの元を去り、彼女を治癒してくれた女神官の元へ行った。


 彼女を救ってくれたことに対して丁重に礼を言い、あらためて寄付金を後から払うことを約束する。


 それからミラの病室に戻った。


「あれ……?」


 ベッドは空っぽだった。


 ミラの姿がない――。







****

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