17 決着と笑顔


「俺の負けだ。降参する」


 ルインがあっさりと敗北を認めた。


「えっ? えっ?」


 俺は完全に戸惑っている。


「いや、まだ全然勝負はついてないんだけど……」


 というか、客観的に見て、ルインの方が断然有利じゃないか?


「最初に言っておいたはずだ。お前は俺に傷一つつけることができん、と。もし傷を負わせることができたら、お前の勝ちだと」


 ルインが言った。


 その胸には、さっきの俺の攻撃でつけた傷が全部で六つ――。


「あ……」


 そういえば、言ってたな。


 戦いに夢中で――奴の攻撃を凌ぐのが精一杯で、そんなことを思い出すゆとりはなかった。


「最初の条件通りだ。俺の負けを認める」




 ルインは変身を解き、人間の姿に戻った。


 ちなみに弾け散った服も同時に復元され、こいつの体を覆っていた。


 便利だな、と変なところで感心してしまう。


「骨があるな、こいつは」


 ルインがラヴィニア隊長に言った。


「思った以上だ」

「ええ、うちの隊の期待の新人よ」


 ラヴィニア隊長が微笑む。


「これほどの戦士を育てられるなら、お前の道も案外間違ってはいないのかもしれないな……」

「どうかしら。彼の力は彼自身が磨いたもの。私の功績じゃないわ」

「そんなことありません!」


 俺は二人に割って入った。


「俺が強くなれたのは、ラヴィニア隊長が見守ってくれたから……それに、隊長のために俺は強くなりたいって思ったから、やっぱり隊長がいてくれてこそです」

「私のため……?」

「あ……いや、その」


 俺は口ごもった。


 頬が熱くなるのが分かる。




 ――あなたに恋しているからです、なんて言えるわけがない――。




「???」


 ラヴィニア隊長はキョトンとした顔だ。


「……ふん」


 ルインが小さく笑った。


「そういうことか。まあ、せいぜい頑張るんだな。俺はもう勧誘しねーよ」


 それからラヴィニア隊長に深々と頭を下げた。


「お前を軽く見るような発言を撤回させてもらう。すまなかった」

「いいわよ、そんな」


 ラヴィニア隊長が苦笑している。


「それぞれに背負う思いがあって、見えてる景色も違う。その中で、君は君が感じたことを言っただけでしょ。君の言っていることは妥当だし、謝罪してもらう必要はないわ」

「寛大な言葉、痛み入る」


 ルインはそう言って、頭を上げた。


「お前たちの邪魔をして悪かったな。俺はもう帰る」


 と、背を向ける。


「ゼル・スターク」


 背中越しに声をかけられた。


「なんだ」

「気が変わったらいつでも俺の騎士団に来い。お前なら大歓迎だ」

「もうスカウトしないんじゃなかったのか」

「ははは。誘わずにはいられないんだよ。こんな逸材、滅多にいるもんじゃねーからな」


 ルインが笑っている。


 本質的には気のいい男なのかもしれないな、こいつ。


「じゃあな」


 言って、ルインは去っていった。




「今日は巻きこんでしまってごめんなさい」


 ラヴィニア隊長が深々と頭を下げた。


「それも騎士団長クラスと戦うことになって……すべて私の責任よ」

「そんな! 頭を上げてください!」


 俺は慌てて言った。


「ルインとの戦いは、俺が自分の意志でしたことです。隊長には何の責任もありません」

「ゼルくん……?」

「隊長が笑顔を取り戻してくれたなら、俺はそれだけで満足なんです。だから――笑ってください」


 俺はラヴィニア隊長に促した。


「隊長には笑顔でいてほしいです、俺。過去に辛いことがあったなら、なおのこと……」

「ゼルくん……」


 ラヴィニア隊長はゆっくりと顔を上げた。


「……ありがとう」


 そして、微笑んでくれた。


 少し憂いを含んだ、いつもの笑顔。


 けれど、それでもラヴィニア隊長は笑ってくれている。


 それだけで、俺は――。


「ねえ、ゼルくん」


 ラヴィニア隊長が俺を見つめた。

「あのね、私」


 そっと俺の手を握り、


「ゼルくんが私のために怒ってくれたとき……嬉しかった。ありがとう」

「隊長……」

「ふふっ、こんなことを言うのは照れるわね……」


 はにかんだ隊長がめちゃくちゃ可愛らしくて――。


 俺はもう胸がいっぱいだった。



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