12 魔界最強の騎士団長たち(ラヴィニア視点)

 SIDE ラヴィニア



「久しぶりだね、ラヴィニア」

「珍しいわね、ブランシェ」


 ラヴィニアは微笑んだ。


 第三騎士団長ブランシェ・ゼーレヴ。


【獣人】種族の彼女は、雷獣の毛皮を身に着けたショートヘアの美女だ。


 素手の格闘能力においては魔界最強レベルと呼ばれる猛者である。


 かつて、ラヴィニアが第七騎士団の団長を務めていたとき、同じ団長同士で仲良くしていた相手だった。


 ラヴィニアが『ある事件』を経て、自ら部隊長への降格を申し出た後は疎遠になっていたのだが――。


「どうだい、君のところのゼル・スタークは?」


 と、ブランシェ。


「よくやってくれているわ。先日は上級魔獣を単騎で撃破したし」

「彼は下級魔族だろう? 驚くべき戦果じゃないか」

「ええ、ここ最近は特に、急激に力をつけてきているわね」


 ラヴィニアが言った。


「何かコツでもつかんだのかしら? もともと剣の腕は、隊の中でも下から数えた方が早かったのに、今ではトップクラスよ」

「ほう、上級魔獣をたった一人で倒したってのか?」


 新たにやって来たのは、燃えるような赤い髪の青年だ。


 野性的だが整った顔立ちの青年で、がっしりとした体つきをしている。


 第五騎士団長ルイン・バルガス。


 彼もまたラヴィニアが騎士団長だったころの団長仲間である。


 そして三人は魔族の幹部を養成するための『王立士官学校』の同期でもあった。


「面白そうじゃねーか。俺に預けてみねぇか?」


「もう、引き抜きは駄目よ」


 ラヴィニアが苦笑した。


「変わってないわね、ルイン。有望な若手を見つけると、すぐ自分の騎士団に引き抜こうとして」

「そうだ。私だって叶うなら引き抜いたいくらいだぞ」


 と、ブランシェ。


「だが、私は自前で育てる主義だから引き抜きはしないが。じー」

「物欲しそうな目で見るのはやめてよ、ブランシェ」

「羨ましいのは事実だ」


 ますます苦笑したラヴィニアに、ブランシェが真顔で言った。


「別に性分とかで引き抜きたいわけじゃない。俺はアレを狙ってるんだ」


 今度はルインが言った。


「アレって……人間界侵攻の先鋒の座のこと?」

「ああ、すべての隊において最高の名誉だ。そのためには強い魔族をそろえ、隊を強化する必要がある」


 ルインの目がぎらついた。


「その小僧もいい戦力になってくれそうだ」

「ほら、やっぱり性分じゃないか。君は昔から野心に燃えていた」


 と、ブランシェ。


「人間界侵攻で戦果を挙げ、魔将の座を狙っているのだろう?」

「へへ、否定はしねーよ」


 と、ルインは獰猛な笑みを浮かべた。


 魔王直属の各騎士団のトップである騎士団長たち――それらを統べる魔将は、魔王の腹心とも言える存在であり、魔界のナンバーツーでもあった。


「まあ、その座を狙っているのは私も同じだが」


 ブランシェが淡々とした口調で、しかしその声に熱意を込めて告げた。


「二人とも野心たっぷりね」


 ラヴィニアが二人を見つめた。


「私には野心なんてない。ただ部下たちが一人でも多く生き残ることだけを考えてるの」


 かつて――ラヴィニアは魔界屈指の戦士だった。


 メデューサ族特有の即死スキル【石化】を駆使し、また剣の腕も超一流――。


 戦場では無敗を誇る、最強の戦士であり、九つの騎士団の中で最強の騎士団長でもあった。


 騎士たちの先頭に立ち、戦場で連戦連勝――そんな日々は、いつしか彼女の心に大きな自惚れを生んでいた。


 どんな相手でも、どんな戦場でも、自分の騎士団が負けるはずがない。


 そう考えるようになっていた。


 だが――彼女は敗れた。


 五十年前に魔界全土で起きた大戦争――【覇王戦役はおうせんえき】で生まれて初めての大敗北を喫した。


 騎士団の中で生き残ったのは、彼女と十数名のみだった。


 残る数百の騎士たちは全滅。


 彼女が自惚れずに、もっと早くに撤退の決断をしていれば救えた命だった。


 自分が負けるはずがない――そんな絶対の自信が、決断のタイミングを遅らせた。


「願わくば――誰一人欠けることなく戦場から生還することを。それだけを考えているわ」

「まだ……あのときの傷は癒えないのか?」

「あれはお前の責任じゃねーよ」


 ブランシェとルインが言った。


「いいえ、私の責任よ。私は……それを背負い続けなければならない」


 ラヴィニアが沈痛な表情でうめく。


「あの日……自分の騎士団が壊滅的な被害を受け、多くの部下を失った。その日から私は野心を捨てたわ。もう二度とあんな思いをしたくない――」


 遠い目になり、彼女は述懐する。


「だからゼルくんに期待しているの。彼ならきっと多くの命を守ってくれる……だからスカウトは駄目よ」

「ふむ、残念だ」

「ちっ、しょうがねーな」


 ブランシェもルインも残念そうだった。


「もちろん、彼一人に頼るんじゃなく、他の隊員たちも育てていきたいし、何よりも私自身が強くなって――みんなを守りたい」


 言って、ようやくラヴィニアは微笑んだ。


「だから、今は自分の部隊のことだけで精いっぱいね。一つの騎士団を束ねるなんて私の器じゃないのよ。野心だってないわ」


 そう、今ラヴィニアが思うのは、自分の手が届く範囲の者を守ることだけ。


 まずはそこだけを徹底する。


 そして――。


「あの日の過ちも、後悔も、絶望も……もう二度と、繰り返さないわ」




 彼らと別れた後、ラヴィニアは考え直していた。


「……やっぱりゼルくんにちゃんと言わないとね」


 そもそもスカウトが来ているのに、本人に告げずに自分の隊に置いておこうとするのは褒められた行為ではない。


 ゼルは自分の隊を選んでくれるだろうと勝手に思い込んでいた。


 けれど、それはあくまでもラヴィニアの希望に過ぎない。


「彼は……別の騎士団や隊を選ぶかもしれない」


 それはゼルにとって当然の権利だ。


「私、卑怯だったかもしれない……」


 明日、ゼルに会ったらちゃんと言わなければいけない。


 君には移籍という選択肢がある、と。





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