11 強さを求める理由
「え、えっと……」
俺はとっさに返答に詰まった。
「隊長は確か高位魔族ですよね。もう十分強いんじゃ……」
「確かに、私は高位魔族に分類される【メデューサ】種よ。以前は騎士団長を務めていたし、全魔族の中でも戦闘力だけなら上位でしょうね。けれど――それでは足りないのよ」
そこまで言ってラヴィニア隊長は顔を伏せた。
美しい横顔に憂いの色が濃くなる。
「足りない……?」
全魔族の中で戦闘力上位なら十分のような気がするけど。
「ゼルくんはまだ若い魔族だったわね。確か十七歳……だから五十年ほど前にあった【
ラヴィニア隊長が言った。
「覇王戦役……?」
確かゲーム内でも設定として語られていたな。
魔王と勢力を二分する【覇王ロメルディア】。
覇王と魔王によって魔界の覇権を懸けた大戦争が行われた……それが【覇王戦役】だ。
戦争は十年ほどで終結したが、その間に魔界の人口の半分が失われたという。
「ひどい戦争だったわ……当時私は騎士団長の一人だったけれど、強敵との戦いで率いていた部隊をすべて失った。私がもっと強ければ……部下たちを守れたはずなのに」
「隊長……」
「だから、今回の君の活躍を聞いて、あらためて思ったの。私はもっと強くなりたいし、ならなければいけない……って」
ラヴィニア隊長が顔を上げた。
「私は、私自身の力で事態を切り開きたい。大切な者すべてを守りたい――」
そんな理由を聞いてしまうと、ラヴィニア隊長を応援したくなる。
なら、闘技場のことを教えてもいいだろうか?
仮に教えたとして、俺自身も闘技場に自由に入れるわけじゃない。
当然、ラヴィニア隊長を今すぐ闘技場に連れていくことはできない。
それを踏まえた上で、闘技場のことを教えるべきかどうか。
ラヴィニア隊長はすごく知りたがっているみたいだし、隠すのも気が引ける――。
「その、こんなことを言って信じてもらえるかどうか、分からないんですけど……」
俺はそう前置きして闘技場のことを話すことにした。
ただ、俺の前世については一応黙っておいた。
これらの情報について、どこまで話していいのか俺には分からなかったからだ。
だから、ここがゲームの世界、あるいはそれにそっくりの世界……といった情報は明かさず、ただ俺が突然謎の闘技場に入り込み、そこで修行をして強くなった――という部分だけを説明した。
「異空間の闘技場……?」
ラヴィニア隊長は俺の話に驚いたようだった。
「初めて聞いたわ。そんな場所があるなんて……」
「俺も驚きました」
と、同調する俺。
「ただ、実際に俺が強くなっていることと、新しくスキルを覚えている以上、夢を見ていたわけじゃなく現実にあった出来事だと考えています」
「ええ、君の言うことを疑うわけじゃないけど、夢や幻の類か、現実の出来事なのかは検証すべきよね……なるほど、納得したわ」
ラヴィニア隊長がうなずいた。
「私もそこに行くことができれば、強くなれるのかしら?」
「俺と同じような条件で戦うことができるなら、たぶん」
俺はうなずき返した。
「あのときは、突然頭の中に声が聞こえたんです。『闘技場モードが開放されました。移動しますか?』って」
と、ラヴィニア隊長に説明した。
「で、移動したいと念じたら、異空間の闘技場に行くことができました。だから、もしかしたら頭の中で念じると行けるのかも……」
試しに脳内で『異空間闘技場に行きたい』と念じてみた。
しーん……。
「あ、駄目か」
「ん? 今、念じたの?」
「はい。ただ、何も起きないみたいですね」
俺はため息をついた。
「もっと強く念じてみるとか?」
「強く……」
「こう、『うおおおおおおっ』って感じで」
ラヴィニア隊長が微笑んだ。
「うおおおおおおっ、ですか」
「『つおおおおおああああっ』の方がいいかな?」
「いや、気合いの声は関係なさそうです」
「冷静なツッコミね」
「ああ、それ前世でも言われたことあります」
「前世?」
「い、いえ、なんでもないです」
しまった、ナチュラルに前世のことを語ってしまった……。
「ふおおおおおおっ」
俺は気合いを入れてから、もう一度『闘技場に行きたい』と念じてみた。
しーん。
「やっぱダメか」
「というか、気合いの声がちょっと違ってない?」
「いや、気合いの声のバリエーションの問題じゃないと思います」
「そうかなぁ」
なぜか納得いってない様子のラヴィニア隊長。
「たぶん、なんらかの条件があるんですよ。ただ、それが何かは分からないです。仮説なら立てられますけど……」
「仮説?」
「今、俺が考えてるのは――『敵に限界まで追いつめられたとき』じゃないかな、って」
俺はラヴィニア隊長に説明した。
「あのとき、俺は殺される寸前でした。で、そのときに頭の中に声が響いたんです。そして闘技場に誘われた――」
「じゃあ、今度も敵との戦いでピンチになったら、また行けるかもしれないってこと?」
「可能性はあります」
「その仮説が正しかった場合、今は闘技場に行くのは無理よね」
「ですね」
うなずく俺。
「もし何か分かったら報告します。今は無理でも、今後ラヴィニア隊長を闘技場にお連れできるかもしれません」
「ふふ、ありがとう。待ってるわ」
ラヴィニア隊長が礼を言った。
「付き合わせちゃってごめんね」
「いえ」
「じゃあ、また」
「はい、失礼します」
俺はラヴィニア隊長と別れた。
「――ねえ、ゼルくん」
と、背中越しに声をかけられた。
「私、強くなるからね」
「隊長……」
「君がミラやバロールを守ってくれたように。今度、強敵が現れたときに――私の部下たちを、私が守れるように」
ラヴィニア隊長の言葉には熱がこもっていた。
「絶対強くなって……今度こそ誰も死なせないように。私、強くなりたい。あらためてそう思ったの」
「……俺もです」
と、背中越しに声をかける。
「確かにミラやバロールは守れたけど、他の二人は死なせてしまった。だから――俺も、もっと強くなります」
決意を込めて、語る。
「そして隊のみんなと……あなたを守ります、ラヴィニア隊長」
もしゲームの通りに運命が推移するなら――。
この部隊は今から約三年後に全滅する。
全員が人間界で死ぬ。
殺されるんだ、勇者に。
――嫌だ、と思った。
俺はみんなに……ラヴィニア隊長やミラたち『仲間』に死んでほしくない。
今は、そう思っている。
そもそも、この部隊が侵略行為をするなんて考えづらいし、死んで当然の悪なんかじゃない。
そう信じているし、だからこそ俺はみんなを死なせたくないんだ。
俺が生き残るだけじゃなく、この部隊全体が生き残るために――。
俺は、もっと強くなる。
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