第4話 プロローグ 山岸 明人3

 リアリティ。

 それは現実のことや実際に起きるもの。そして現実への近さという意味がある。

 幼少期の頃から僕は空想家であった。同世代の子供がグラウンドでドッチボールやサッカーをしている中、僕は自らの自由帳に空想の物語を書き綴り休み時間を過ごしていた。

 ある時、小学校の一時間目の国語の授業で教科書にのった絵を題材にして物語を作れという宿題が出た。

 クラスメイトのほとんどはその宿題を難しいと称していた。

 お題である絵は宝の地図のような道筋の上にデフォルメされたイラストで人やら竜やらしか書かれておらず、これらの絵でどんな物語を作ればいいか分からない隣の席のクラスメイトはぼやいていた。

 普段は気の合うクラスメイトであったが、その時ばかりは僕に共感は一切なかった。

 何が難しいのか理解できなかったからだ。

 クラスメイトは人から竜やら宝の地図やらしかないと言っていたが、僕からすれば人から竜から宝の地図からもあると豊富すぎる程ある空想のネタ。むしろ本当にこんな簡単なことでいいのか?と困惑すらしていた。

 宿題の期限は3日与えられていた。僕はさっそく宿題を言いわたされた次の授業から執筆を開始していた。

 次の授業は算数だった。僕は執筆を優先した。

 次の授業は社会だった。僕は執筆を優先した。

 次の時間は体育だった。僕は執筆を優先した。

 休み時間も僕は執筆を優先した。

 次の時間は理科だった。僕は執筆を優先した。

 次の時間は図工だった。僕は執筆を優先した。

 自分でも驚くほどに作業に集中ができた。時間感覚が歪んでノートに文字を書きつづる自分の動きがゆっくりに見えた程であった。

 家に帰宅してもひたすらに僕は執筆を続けた。

 はじめて心の底から宿題を楽しめた。

 気がつけば『宿題』はノート一冊になるまでにその物語を拡大していた。

 当り前だが、クラスで最大の物語を書いたのは僕であった。

 提出した次の日に宿題は帰ってきた。教師による感想がノートの最後に書かれており、今でも鮮明に思い出す事ができる。

『とても面白い小説でした』

 後にして思えば教師は文面通りの意味でその感想を書いたのではなかったのだろう。物語の中身に対しては具体的な感想は何もなかったから最悪まともに読んでなかったかもしれないし、ひょっとしたら小説という言葉も、本来の意図 していた宿題か若干ずれたものを提出した僕に対しての皮肉もあったのかもしれない。

 だが当時の僕は素直に嬉しかった。

 とてもとても嬉しかったのだ。

 だからまた書いた。

 今度は自由に自分の空想を物語にしてノートに書きつづり、友人や両親に見せた。

 だが記念すべきオリジナル小説1作目は、散々な結果に終わった。

 ちょうど難しい年頃であったのが災いし、ノートを見せた友人は「キモイ」の一言の感想をのべると、ノートをクラスメイト中の皆に見せ、僕を変な妄想をしているキモイ奴に仕立てあげられた。人を陥れるという点において友人は幼いながらに天才であった。

 次に見せた母の感想はもっと酷かった。僕が出したノートの1ページの数行すら見た振りで済ませると、小さなため息を吐いてから言った。

「こんな下らない事はもうやめなさい。これがイジメられる原因なんだよ」

 その言葉は幼いながらに軽くトラウマになった。

 はっきりと覚えている。

 人生ではじめて味わった心の底からの挫折であり、敗北であったからだ。

 クラスメイトからのイジメも、母からの言葉も辛かった。

 だがそれ以上に自分の作品がまともに読んで貰えないのが悲しくて、そしてその程度の物しか書けない事実に対して激しく憤った。

 自分の作品には読んでもらうための「何か」が足りない。

 幼心に僕は自らの力量不足を痛感した。

 だから学ぼうとした。町の図書館に入り浸り、小説という小説を辞書で調べながら読み漁った。

 それはそれで楽しいことであったが、肝心のどうすれば読んでもらえる小説になるかの答えは見つからずにいた。

 そんなある日の事、僕は図書館にある若者向けの漫画コーナーに立ち寄った。

 単なる気まぐれ。 しかしこの気まぐれの行動こそが僕の求めていた答えにつながるとはその時の僕は思いもしなかった。

 手に取ったのはとある少年漫画の34巻。表紙に書かれていた『漫画家のうちへ遊びに行こう』というサブタイトルに心ひかれたからだ。漢字に振り仮名はふられていなかったが、既に色々な小説を乱読したのが功をなし、大抵の漢字は読めるようになっていた僕は難なく漫画の内容を理解する事が出来た。

 広いた漫画の物語はすさまじいの一言につきた。

 特に独特の絵と特徴的な擬音は子供ながら今自分はすごい物を読んでいるという実感を感じていたものだ。こういうのがプロの作るものなのだと軽く感動すら覚えた。

 ページを読み進め、そしてついに僕は『彼』と出会った。

『彼』は人気漫画家のキャラであった。その特徴的な髪型もさることながら作中での彼の発言が印象的だったのだ。

『彼』はおもしろいマンガというものはどうすればき続けるか知っているかね? と他のキャラに尋ね、その後こう言ったのだ。

「リアリティだよ。『リアリティ』が作品に生命を吹き込むエネルギーであり『リアリティ』こそがエンターテインメントなのさ」

 ……と。

 その時の衝撃を僕は生涯忘れる事はないだろう。これだと思った。自分の作品に足りなかったのは『リアリティ』であったのだと確信した。

 早速、自分の作品にリアリティを反映させてみると驚く程作品の質が向上したのを実感できた。

 それからというものの、僕は『小説』のためにリアリティを追い求める人生をっている。




「レロレロレロレロ」




 故に他人の鼻血を舐めるのに一切の抵抗なし。

 舌先に広がる鉄の味。そして中年男性の汗まで混じっている。

 正直に言おう。ゲロ吐きそうな程の嫌悪感を感じる。

 だがそれがいい。この生々しさこそがリアリティ。

 作品に命を吹き込むエネルギーであり、エンターテインメントそのものなのだ!

「レロレロレロレロ」

「ぎゃぁぁああああ!! 何がちょっとだ!! こいつ! 鼻の穴まで舐めてやがるぅぅ!!!」

 路地に男の強面さんの悲鳴が木霊する。

 素晴らしい反応だ。悲鳴の参考になる。

 周りのヤクザさんの僕を見る目が完全に変人を見るそれへと変わり、物理的にも距離を取られているような気がするが、いつもの事なので気にしない。

「随分と面白い事になってるじゃないか」

 低い男の声が聞こえた。

 待ち望んだ『本命』の登場に、僕は鼻血舐めを終了して立ち上がった。



「初めまして。蒼龍会の郷田 善治さん」



 向けた視線の先には額に傷のある男性が立っていた。

 離れた所にはヤクザ数人が取り巻きとして従っており、その人の格を周囲の人間に見せつけているようであった。

 いや。実際の所男の格は周囲のヤクザの中でも高い。

「それとも若頭さんとお呼びした方がよろしいでしょうか?」

 なんせ蒼龍会若頭であるのだから。

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