第10話 生涯の伴侶になってもらう約束をしたけど、まだ壁は厚い

「はー、遊んだわね。やっぱり、プールは楽しいなあ」


 屋内にあるプールで一通り泳いだ後、中にあるフードコートで昼食を済ませ、プールを後にする。


 もう夕方近い時間であったが、まだ外は明るく、帰るにはちょっと早い気がしたので、




「なあ、まだ帰るの早いけど、遊びに行きたい場所とかある?」


「え? うーん、ちょっと疲れちゃったし、家に帰って休みたいけど。どうしても、行きたい所があるなら、付き合うけど」


「そっか。なら、いいや」


 久しぶりのプールで、木乃香姉さんも疲れが見えているので、ここは無理をせず、帰宅する事にする。




「でも、楽しかったよ。誘ってくれてありがとう」


「また行かない?」


「もちろん。毎週でもと言いたいけど、来週はモデルの仕事、入ってるのよね」


「俺もバイトが……まあ、もうすぐ終わりなんだけど」




 木乃香姉さんは副業でモデルもしているのだが、本業も忙しいのによくやるなと思う。


 俺の為に、少しでも稼ぎを頑張っているのだろうが、そうなら頭が上がらないなあ。


「バイトね。別に無理してやらなくても良いんじゃない」


「まあ、無理はしてないよ。期末試験もすぐだし、それが終わったら、考える」


「そっか。まあ、今のままだとハル君、私の主夫になりそうだから、今の内に家事スキルを磨いておいた方が良いかもね」


「あのさあ……そういう冗談はもういいから」




 まだ俺を主夫というか、家政夫にしたがっているみたいだが、本当にそうなったら、親父もお袋も悲しむだろうによ。


 というか、木乃香姉さんだって普通の会社員なんだし、モデルのバイトだってそんなに稼げるとも思えないし、何よりいつまで続けられるのやら。


「冗談でもないんだけどなー。まあ、今は勉強頑張りなよ。来年は受験なんだしさ」


「高校出て就職するってのは駄目?」


「駄目じゃないけど、やっぱり大学行った方が選択肢増えると思うし。私に気を遣ってるなら、そんな心配は無用だって言ってるでしょう」




 木乃香姉さんは自分も大学を出ているから、俺も行かせたがっているみたいだが、俺としては一刻も早く働いて木乃香姉さんを嫁として迎え入れたい。


 しかし、俺の方もそれなりに良い大学に行かないと、木乃香姉さんと釣り合いが取れそうにない気もするので悩みどころだな。




「む……また、変な事を考えているな」


「んぎいっ! ちょっ、なにを……」


 考え事をしていると、木乃香姉さんはムスっとした顔をして、俺の頬を両手で軽く抓る。




「ハル君は難しい事を考えないで、自分のしたい事だけを考えなさいよね」


「わ、わかってるよ」


「本当かしら」


 俺のしたい事か……正直、大学とか仕事とかどうでも良い。




 一番の夢は、木乃香姉さんと付き合う事だ。


 もう帰ったら言ってしまおう。いや、言うぞ。




「ただいま。じゃあ、水着とか洗濯するから、脱衣かごに出しておいてね」


「あのさ、木乃香姉さん」


「ん?」


「その……」




 俺と付き合ってくれと告白しようとするが、やっぱりいざとなると、どうしても言葉が詰まってしまう。


 何より、俺と木乃香姉さんが血が繋がってないって事を、どう説明すればいいのか。


 まずはそこから話さないといけないんだが……言っても、冗談にしか思われないだろうし、どうすれば納得してくれるんだ?




「どうしたの?」


「あー、いや……俺、彼女居ないからさ。これからも、木乃香姉さんとデートしたいなって思って……」


「くす、なーんだ。いいよ。ハル君に素敵な彼女が出来るまでは、お姉ちゃんが代わりになってあげるから」


 代わりじゃない。


 そういうんじゃなくて、俺は木乃香姉さんを本当の彼女にだな……。




「じゃあ、今度は何処に行く?」


「いや、その……俺と付き合わない!?」


「は?」


 い、言った……遂に言えたぞ。




「えっと、付き合うって……何処に?」


「う……また、プールか海に……」


 木乃香姉さんは目を点にして、しばらく呆気に取られた顔をした後、そう答えたので、ずっこけそうになってしまった。




 くそ、真意が全く伝わってないじゃないか。


 やっぱり、姉弟で付き合うって、そりゃ無理があるよな……ましてや、血のつながっていると実の姉弟と思っているのなら……。


 OKなんて言える訳ない。




「なーんだ。いくらでも付き合うって言ったでしょ」


「そ、そうか。よかった」


 よくねえんだけど、取り敢えず、そう言っておくことにする。


 くそ、駄目だなあ……折角、勇気を出して言ったのに、これでは何の意味もない。




「ハル君、ちょっと姉離れ出来なさすぎじゃない?」


「そ、それはお互い様じゃん。木乃香姉さんだって、弟離れ出来てないだろ」


「ハル君はまだ未成年なんだから、離れちゃ困るでしょう。ちゃんとハル君がいい大学行って、就職して、結婚するまでは頑張らないと……」




 う、うーん……俺の保護者としては、実に真っ当な事を言っているんだが、それでは困るんだ。


 大学とか就職とかはどうでも良い。


 しかし、今の言葉を考えると、俺が独り立ちしなければ、木乃香姉さんは永遠に俺から離れる事はないって意味にもとれる。


 現に、主夫になれとか言ってるんだから、俺から




「そんなの一生できない気がするなあ。もし、そうなったらどうする?」


「その時は、私が責任を持ってハル君の面倒をずっと見るから」


「死ぬまで?」


「無理かなあ? 女の平均寿命って、確か男より、七歳くらい長いから、何とか出来るんじゃない?」




 そういえば、そんな話も聞いた気がするが、もしそうなら俺は永遠に独り立ちなんかしてやるもんか。


 でもでも、それじゃ駄目だよ。きちんと付き合って、木乃香姉さんと夫婦にならないといつまでも、この関係のままだ。




「は、はは……じゃあ、最悪、木乃香姉さんに生涯の伴侶になってもらうかな」


「は、伴侶って……まあ、それに近い関係になっちゃうのかな、そうなると」


 傍から見れば近い関係かもしれないが、夫婦とはまるで違う。


 どうすれば……まだ、そういう関係になるのは早いって、神様が言っているのか?




(じゃあ、いつになったら、付き合えるんだよ?)


 ハッキリ告白しても今くらいが精いっぱいって事は、まだまだ木乃香姉さんを彼女には出来ない。


「うん、ハル君を死ぬまで面倒見れるように頑張らないと。まあ、ハル君は勉強できるし、顔も良いから、すぐに良い人見つかると思うよ。もっと自信持ちなって」


「頼りにしているよ……」


 本気なのか冗談なのかわからないが、木乃香姉さんが妙にやる気になってしまい、水着の洗濯を始める。




 本当は血が繋がっていないのに、姉と弟という壁が想像以上に高い事を思い知らされ、愕然としながら、自室へと戻り、夕飯まで不貞寝してしまったのであった。


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