第74話

「修二、こんなとこでサボってないでさっさと練習準備しろよ」



何故か少し不機嫌そうな夏向さんと

ぽかんと目を丸くする私。


交互に見比べて何かを考えるようにしてから、修二さんは首を傾げている。


まさかの“ご本人登場”に

さすがに空気を読んでくれた修二さんは名残惜しそうにしながらもどこかへ行ってしまう。



その場に残された私は

ちらりと夏向さんの横顔を盗み見て


……助けてくれたのかな。

そんな訳ないと知りつつも、そう心の中で弱く自惚れてみる。


こっそり見上げていたはずなのに

こちらの視線に気付いたらしい夏向さんが私を見下ろしたまま微かに目を細めた。



「何見てんだよ」

「え、いや。今日もかっこいいな付き合ってくれないかなって」

「……あっそ」



照れもせずそうにこにこする私に

夏向さんが一瞬何か言いたげな目をしてから、それを上塗りするように小さくため息を吐く。


その直後

すっかり呆れ顔になった夏向さんは、私を横目でじろりと見下ろしてくる。



「そういうふざけたことばっかり言ってるからあんな風にからかわれるんじゃねぇの」

「えー、本気なのに」



ため息まじりの夏向さんの言葉に

思わず唇を尖らせる私に、夏向さんがふうともう一度息を吐く。



「普通本気で好きだったら簡単に好きだなんて言えないんだよ」



そう吐き捨てたきり

夏向さんはこちらを見なくなってしまう。


その横顔をしばらく黙って眺めてから

私は意を決したようにゆっくりと口を開いた。

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