第70話

「どんな噂なんですか?」

「……知らないならいい」



別に聞きたくもないけど

話の流れで一応そう尋ねてみる。


夏向さんも別に話したくないらしく

あっさりそう吐き捨てると、そのまま自分の教室へ向かって足を踏み出す。



「瑞希も早く行けよ。授業遅刻するぞ」



そう一方的に言い捨てて

夏向さんはそそくさとまるで逃げるようにその場を去ってしまう。


1人きり残された廊下

ぽつんと立ち尽くしたままの私は、しばらく夏向さんの背中を見つめてから、ふうと息を吐く。



分かってた。

今更傷ついたりなんてしない。


夏向さんがももさんのことを

あの桜の木の下で今でもずっと待ってる。


そんなこと

初めから分かってたはずなのに。



どうして。

―――どうしてこんなに胸が痛いんだろう。



「っ、」



どうしようもなく胸がつかえて

私は俯いたまま、思わず唇を強く噛みしめる。


いつまでも胸が震えて

何故か私はその場から動き出すことが出来なかった。










「瑞希ってさ、毎朝なんで校舎裏の坂走ってるの?」



同じ日の放課後。

練習前にボールを入れたカゴをコート脇へ向けて押す私は、そう突然声を掛けられて振り返る。


そこにいたのは

ムードメーカーこと修二さん。


修二さんは割と噂話が好きな女子的な側面があり

部内の色恋沙汰に敏感に首を突っ込みたがる傾向があると知っていた。


ああ、と笑う私は

足を止めて顔を上げると迷いなく応える。

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