第56話

その背中を慌てて追いかけながら咄嗟に思い出す。


アクシデントがあってすっかり忘れていた。


私の日課。

坂を駆けあがってきた分、今日の“お願い事”をしそびれてしまった。


戻って木に触れてもよかったけど

夏向さんがそれを待っていてくれる気もしない。


仕方ない、と諦めて

私はすっかり小さくなってしまった夏向さんの背中を目指して全速力で走った。








同じ日の放課後。

練習の後片付けを終えて、コーチに頼まれていた試合のスコア表を届けに行く。


そのまま立ち話をして体育館を出ると、部員の姿はなかった。

既に着替えを終え、みんな帰宅した後のようだった。


別に元々誰かと一緒に帰宅する習慣もない。

いつもより少し時間が遅いけど、私は普段通り1人で帰路に着こうと駅へ向かって歩き出す。


だけど、その途中。



「あれ?」



通りかかった桜の木の下で

見慣れた姿を見つめて私は思わず目を丸くする。


見間違うはずがない。

そこにいたのは。



「夏向さん、こんなところで何してるんですか?」



目を丸くしながらそう駆け寄る私に気付いて

していたイヤホンを外しながら夏向さんが顔を上げる。


朝だけでなく

夜練習後もここで夏向さんが座っているのを見るのは初めてだった。

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