第50話

朝の教室。

愛弓の声がふと蘇る。



だって、夏向さんがいつも朝あの桜の下にいるのは―――。






「―――別れちゃった後も、元カノさんのことをずっと待っているからだよ」



さっきの教室。

愛弓はそう苦しそうに私へ告げた。


それは夏向さんとももさんの関係を知っている人の間でまことしやかに囁かれていることだった。



夏向さんとももさんは高校へ入学してから付き合っていて

その間ももさんは毎日ではなくとも時々朝練へ顔を出していたらしい。


あの桜の木の下。

体育館へ続く道の麓が2人の待ち合わせ場所だった。


当時、夏向さんは気まぐれに現れるももさんを毎朝待っていて

来ないと知ると諦めて1人で朝練へ向かう日々を繰り返していた。



別れてしまった後も

夏向さんはずっとあそこに座って待っている。


―――ももさんが、

いつか気まぐれにまた現れるのではないかと。



その噂の真偽は知らない。

夏向さんに確かめてみたこともない。


だけど、さっきの体育館。

ももさんへ向けられた夏向さんの嬉しそうな笑顔がふと頭を過ぎる。


聞かずとも分かる。

夏向さんは、ももさんを忘れていない。


今でも、きっと、あの場所で―――。



「っ」



なんとなく堪らなくなって

私は走りながら、ぎゅっと唇を噛み締める。



こっそり振り返ると体育倉庫では

ももさんが夏向さんと楽しそうにスコアボードを出していた。


可愛く笑うももさんを見つめる夏向さんを眺めながらぼんやり思う。

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