第34話

時間ギリギリまで練習をして、そろそろ会場へ移動しようかという頃。

一緒に体育館を後にした私たちは、そのまま校舎裏の坂道へと向かう。


そのタイミングで“あること”を思い出した私は

思わずはっとしてから、前を歩く夏向さんのジャージの裾を引っ張る。



「あ、そうだ。夏向さん待って」



そう呼び止められて不思議そうな目で振り返る夏向さんを

こっちこっちと、私は強引に桜の木の下へ誘導した。



「ちょっと失礼しますね」



たどり着いた木の下で

私は夏向さんの袖を掴むと、その手のひらを桜の幹へ触れさせる。


突然の私の行動に小さく首を傾げる夏向さんの代わりに

私は桜の木を一度見上げてから、目を閉じて、願いを唱える。



「夏向さんが今日の試合できちんと実力を出せますように」



迷いのない私の声が

朝の初夏の風に乗って、空を舞う。


隣ではっとしたように小さく肩を揺らす夏向さんに、私は閉じていた目を開けて、静かに微笑んだ。

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