第9話

「夏向さん夏向さん!」



興奮した勢いのまま前を行く背中へ駆け寄ってまとわりつくようその名を呼ぶ私に、夏向さんは疎ましそうに目を細めて私をじろりと見下してくる。



「五月蝿い。なんだよ」

「今私の名前呼びましたよね!?ついに私のこと好きになりました?」

「馬鹿言ってないで行くぞ」



私の戯言に心底迷惑そうなため息を零す夏向さんは、つれない態度のまま私を置き去りに体育館へ向かってしまう。


その背中をついぼんやり眺めてから、私ははっとしてもう一度夏向さんに追いつくと、強引にその顔を覗き込む。



「待って!夏向さん、返事は?」

「返事?何の?」

「何って、今朝の告白のに決まってるじゃないですか」

「もちろんお断りします」



小走りでへらへらする私をにこりともせず一蹴する夏向さんに、私は大袈裟にガクッとその肩を落として見せた。



「うーん、残念!また明日チャレンジします」



直後そうへらりと笑う私を横目で睨んでから、目を伏せた夏向さんがもう一度大きくため息をつく。



「早く諦めろよ。毎日来られても一緒」

「そんなの分からないじゃないですか。明日は夏向さんが私のこと好きになってるかもしれない」

「そんなの絶対有り得ないから」



そう鬱陶しそうに目を細めて見せると、夏向さんがそのままじろりとこちらを睨む。

どこか私を蔑むようなその瞳に、胸の奥がざわっと音を立てて思わず一瞬気持ちがすくむ。



「恋したいなら悪いけど他当たって。俺は明日も明後日も絶対お前のこと好きになんてならない」



拒絶の目でじろりと見られて、私はそれ以上踏み込むのを渋々我慢する。

静かになった私をちらりと一瞥してから、夏向さんは大きくため息を吐いて早足で体育館に向かっていってしまう。


春の朝日に霞むようにその背中が少しずつ遠くなっていく。


それを立ちすくんで黙って見つめてから、私は思わず小さくため息をついた。

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