第7話

「夏向さん、好きです」



気付けば口から気持ちがこぼれ落ちていた。

一度ははっとしたように息を呑んだ夏向さんは、だんだん冷静さを取り戻して私を冷ややかな目で見つめる。



「……お前とは付き合えないって言っただろ」

「分かってます。だから好きになってもらえるまで毎日言います」



射抜くような冷たいその視線にも物怖じせず

私は夏向さんを真っ直ぐ見つめ返したまま、さらりと笑う。


怯まない私に暫く何か言いたげな目をしていた夏向さんは、結局何も言わずに面倒臭そうに目を伏せる。


それから下ろしていた鞄を肩にかけて立ち上がる夏向さんを呼び止めるように、私は彼へもう数歩駆け寄ると、笑顔のままその顔を覗き込んだ。


「夏向さん、この桜のジンクス知ってますか?」

「……え?」

「坂を駆け上がって桜に触れて願いを唱えると叶うらしいですよ」



そうつい嬉くなってくすくす笑ってしまう私に

夏向さんは何の感情の無い目で私をじっと見ている。


私への気持ちが今はないことは分かってる。


だけど、諦められない。

諦めたりしない。


心の中呟いて、私は夏向さんの隣で桜の木の太い幹に、そっと触れて顔を上げる。



「私、毎日走ってきますから、この坂の上で待ってて下さい。そして最後にいつか私のお願い事を叶えて下さいね」



そう笑う私はふと目の前の立派な樹木を静かに見上げる。


お願い事を叶えて下さいね。

その言葉は夏向さんか桜の木かどちらに向けた言葉か自分の中でも曖昧だった。

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