第33話 異国の騎士の正体
「僕もそうだけど、そっちだって家同士が決めた結婚なんじゃない? そりゃあ〝持つ者〟なんだから愛だの恋だの言ってられないのはわかるし、僕だって理解してる」
異国の騎士はにっこり笑った。
「結婚と恋愛は別。僕、公私混同はしないんだ」
ほめてほめてとばかりに目を細めた。
「僕のお相手だってその辺はわかってるだろうし。僕、三男だしねー。どうしても世継ぎをって迫られてるわけじゃないから、結婚相手とは
「はあ」
返事のしようがない。
白い結婚というのは、いわゆる肉体関係がなく、書面だけの結婚ということだろう。自分たちのように偽装結婚という意味でも使われる。
「君だってそうだろう?」
決めつけられて驚いた。
「ち、違いますよ! 尊敬し、愛する方と結婚してます!」
偽装ではあるが。
「え。そうなの? 僕、てっきりそうなんだと思ってたよ。だから私的に愛人契約を結んで、君と恋愛を楽しもうかなぁって」
「私は対象外だと思います」
「そう? だってさ」
異国の騎士は腕を組み、少しだけ首を右に傾けるようにしてリドリアをしばらく凝視した。
「な、なんですか」
あまりにも長いこと見つめられるので、リドリアはためらいながら尋ねる。
「夜の生活、ある?」
ひぃ、と叫びそうになった。
なぜにわかるのかこの男。
「も、もももももももちろん! 毎晩一緒に過ごしてますけど⁉ なんなら手! こ、この手をつないで寝てます!」
握っている右手をアピールすると、小さく吹き出して笑われた。
「あ。そう。愛されてるって感じにみえないけど。ひょっとしてまだ清い関係だったり、白い結婚前提なんじゃないかなーって思っちゃった」
「そ! そそそそそそそそんなことありません! ご飯を食べるときは『あーん』ってやりますし! おふ、お風呂だって一緒に入って手伝ってり、手伝われたり……!」
「君の結婚相手ってじじぃなの?」
きょとんとした顔で異国の騎士は尋ねる。
「介護?」
せっかくのアピールポイントが介護と見破られた。
リドリアは愕然と言葉を失う。
なんてことだ。いままでこのエピソードで乗り切っていたが、実は何人かは『やだ、介護みたい(笑)』とリドリアのことを侮っていたのだろうか。
「僕ならさ、僕ならさぁ」
異国の騎士はリドリアと視線を合わせながら、にこにこと笑う。
「君のこと、いろんな意味で喜ばせてあげられるよ? 満足すること間違いなし! 君が海を渡ることが難しいんなら、僕がこっちに来るよ。うーん。年3回ぐらいになるけど、長期休暇とれるとおもうし。ほら僕、海軍所属だから。休暇はまとめてどーん、なんだよね」
「いやもう、ほんと、結構ですから!」
「そう言わず、考えてよ。手当も考えるよ? ちゃんと契約書交わすしさ」
「いや、なんかあなた胡散臭い!」
はっきりと言うと、異国の騎士は腹を抱えて笑った。
「僕、気の強い女の人大好き! もちろん、ベッドの中でもね」
「ちょっと……すみません、私、仕事中なので」
困っている異国人かと思ったのに。
愛人探しの騎士だったとは。
リドリアがなんとかして異国の騎士を振り切ろうとしたとき、いくつかの足音が回廊の奥から聞こえてきてほっとする。
「あ!」
誰か助けてと言おうと思ったら、先頭を走って来るのはアレックスだ。
「お、夫です! あの人が夫なので!」
指さしてみたものの、アレックスはぎょっとしたように一瞬立ち止まり、そのあとものすごい勢いでこちらに向かってくる。
何事が起ったのかとたじろいだが、すぐにアレックスがここにいること自体が変だと気づく。
いま、王宮内ではラブリア王国第三王子と主だった王族は顔合わせをしているのではないのか。
王太子殿下の近衛騎士であり、側近中の側近と言われる〝猟犬〟の副団長なのであれば同室していなくても、部屋の側で待機していて当然ではないだろうか。現に今朝、アレックスは一日の業務内容を簡単にリドリアに説明し、『今日は帰れないと思う』と言っていた。
たぶん、今日だけではなくラブリア王国第三王子が滞在中は王宮に詰めるのだろうなと考えていたところだったのだ。
「なんだ。君の夫って〝猟犬〟?」
異国の騎士が苦笑いする。リドリアがうなずくのを見て肩をすくめた。
「王太子殿下のお気に入りかぁ。それの妻ってなると……えー。面倒くさいな。愛人契約無理かな」
「最初っから契約結ぶって言ってませんけど!」
リドリアは言い、すぐそばまで来たアレックスに訴えた。
「アレク。このひとが私に愛人になれってしつこいんです!」
ちょっとか弱い被害者ぶってアレックスの腕にすがりつく。
アレックスはというと珍しく唖然とした表情でリドリアと異国の騎士を交互に見つめていたが、軽い咳ばらいを何度か繰り返した。なんとなくそうやって時間を稼いでいるように見えたのは、数秒後には例の無表情を取り戻したからだ。
付き従えてきた部下たちにその場に待機するようハンドサインで伝えると、アレックスは腕にリドリアをつかまらせたまま異国の騎士に近づいた。
てっきり「うちの妻に何を言う」と伝えるのかと思いきや。
アレックスは右こぶしを握って左胸にあてる敬礼をした。
「モリス王子。大変お待たせして恐縮ですが、もう一度会場にお戻りください」
アレックスの左腕につかまっていたリドリアは呆然とアレックスを見つめ、それから視線を異国の騎士に向ける。
彼はというと。
いたずらが見つかった幼子のように笑い、頭を掻いている。
「………ラブリア王国第三王子」
つい指さしてからリドリアは慌ててその手を下げる。
モリス王子とは、ラブリア王国第三王子の名前ではなかったか。
「ちょっと王城内を見学しようと思ってさ。だって暇だったし。それに母国語喋ってたら王城内の人、誰も近寄ってこないしさ」
「お側周りの方がひどく心配されております」
「え。探してる?」
「そうですね。率直に申せば、恐慌状態です」
あちゃあ、と天を仰いだものの、あっけらかんとした様子でモリスはアレックスを見た。
「じゃあ戻るけどさ。ね、ね、ね。ちょっと確認」
「は……あ」
手招きするモリスに、警戒感をあらわにしながらもアレックスとリドリアは近づく。
「夫婦?」
モリスが人差し指でリドリアとアレックスを交互に指さす。
「ええ」
アレックスが代表する形で頷き、眉根を寄せた。
「愛人契約を持ちかけられたようですが、我が国にはそのような法的制度はありませんので」
「うちはあるんだよ」
「この国では適用されません」
「じゃあやっぱり、うち来る?」
まるで家に招くかのような気さくさでモリスが笑った。
「弟さんが成人してからでいいからさ」
「だから! さっきからお伝えしていますが、私は夫のアレクと結婚してますから!」
いらだちも含めて大声を発する。だがまるで気にする風でもなく、モリスは笑った。
「ぜーったい僕のほうが幸せにできるって! 指輪もちゃんと用意するし、好きなアクセサリー、なんでも買ってあげるよ?」
「必要ありません」
「服だって、オートクチュ―ル用意してあげる」
「いりません」
「豪華なおうちも用意するよ」
これには若干なびきかけた。
なんてったって、現在大使館の平屋を借りている状態だ。アレックスの鋭い視線に気づかなければ危ういところだったが、モリスは乗ってきた。
「内装、君の好きにしていいよ! カネに糸目はつけないしさ。あ、そうだ。寝室は広くどーんととった間取りにしようよ。で、君の好きなように飾り付けなよ」
モリスは笑みを深める。
「夜のほうもうまいよ、僕」
言ってから、ちらりと金の瞳をアレックスに向けた。
「彼より満足させられるとおもうなー」
アレックスが仏頂面にさらに磨きをかけたものの、「さて」とモリスは両手を突き上げるようにして伸びをした。
「そろそろ戻ろうかな。いくらなんでも王女様、来てるだろうから」
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