第30話 妻が来ないので探しに来た
「えー……っと。話を要約しますと、あれですか。メリッサ王女は、ジョージ王太子殿下のそばにいるため、アレックス卿と結婚したい。だけど彼には妻がいる。だから私に離婚を迫ったけど、断られた。だから私を殺し、ついでにエイヴァン卿も殺して死体をどこかに放置し、失踪した、というかエイヴァン卿と駆け落ちしたとみせかける、と」
「そうよ」
メリッサ王女が胸を張る。
だんだん頭痛がしてきた。こんな計画うまくいくはずがない。だいたい、下っ端であるこのごろつきたちにこんな話を聞かせていいのだろうか。
「ひでぇ話だな」
男たちは場末の酒場にでもいるかのように笑っている。
「セナ嬢! 目を覚ましてください! こんな男たちを信用してはいけない!」
エイヴァンが鉄格子にすがりつく。
リドリアも同意した。
「そうよ。どちらかというと、早く鉄格子からエイヴァン卿を出して守ってもらった方がいいって。……彼、弱いけど」
「安心しなよ」
「俺たちがこれからも守ってやっからよ」
好色そうな目でセナとメリッサを見て、ゲラゲラと男たちが笑う。
不意にセナが悲鳴を上げた。
「だ、誰⁉ 誰か今、触ったでしょう!」
セナが顔を真っ赤にして怒っている。
どうやら不貞の輩どもがセナの尻を触ったらしい。男たちが野卑た笑い声をあげると、手に持っていたたいまつの炎が揺れる。
「セナ嬢。あなたがこの男たちを雇ったの? どこで? ねぇ、こんなのあなた……のちのち強請られたり脅迫されたりすると思わなかったの?」
リドリアは嘆かわしい気分でセナに尋ねる。
王女であるメリッサがこのような輩と出会うことができるはずがない。
だが近衛騎士に「駆け落ちにみせかけて王太子妃の侍女と王太子殿下の近衛騎士を殺せ」とも命じることはできない。
(だからって、これはないでしょう……)
リドリアは深いため息をこぼす。
「そ、そんなことさせないわよ! そのためにも相応しい金額を渡しているんだし!」
せいぜい強がってセナは言い、男たちは愉快そうに笑った。
「もちろんそうだ。当然だよ」
「これっきりだからな、姉ちゃん!」
絶対これっきりじゃない。この案件で骨の髄までしゃぶられるに違いない。
「いまからでも遅くないわ。私とエイヴァン卿を解放し、この男たちを城内の憲兵に引き渡しなさい。それがあなたの身のためよ」
リドリアは壁に背を預けながらゆっくりと立ち上がる。
足首も縄で括りつけられているので、バランスを崩したらすぐに顔から転倒しそうだ。なにより腫れた方の脚に重心をかけたら痛みでうずくまりそうになる。
「セナ嬢。あなた、この男たちを信用してはいけないわ」
「随分と余裕だけどなぁ、姉ちゃんよ」
がん、と。
男の一人が鉄格子を殴りつけた。セナが悲鳴を上げ、メリッサも肩を震わせて飛びのいた。
「お前。あっさりと死ねると思うなよ。死んだ方がマシだと泣いてもしらねぇぞ?」
彼らの仲間をコテンパンにのしたことを恨んでいるらしい。
「おい。あいつら呼んで来い。もう傷の手当ても済んでるだろう。牢の中に一緒にいれてやれ」
男の一人が剣呑な光を瞳に宿して命じる。エイヴァンまでがゾッとしたように鉄格子から離れた。
「あいつらに復讐の機会を与えてやんねぇとな」
たいまつを持った男が数人、出入り口のほうに向かう。仲間を呼びに行くのだろう。
(……まいったわね)
リドリアは考える。
自分が行方不明であることについて、皆はもう気づいて動き出してくれているだろうが。
問題は、それがいつか、ということだ。
「お、王女。私たちはそろそろここを離れましょう」
セナが青い顔でメリッサを促す。メリッサもおびえた様子でセナの腕につかまり、何度か首を縦に振った。
「セナ嬢! こんなことをして君の家門がどうなるか!」
エイヴァンが再び鉄格子にとりついて訴えた。
よし、がんばれ、とリドリアは思いながら、手を動かしたり足をこすり合わせてりして、なんとか縄が外れないか挑戦したのだが。
「黙れ!」
鉄格子に槍を突っ込まれ、あっさりとエイヴァンは転倒する。
「エイヴァン卿!」
セナが悲鳴を上げているが、時間稼ぎもできないのか、お前は、とリドリアは舌打ちする。
「ねえ、あんたたち。こんな悪事は露呈するわよ。すぐに逃げた方が絶対いいんだから」
リドリアの言葉に、男たちはいっせいに笑い始めた。
「いまさら命乞いしても遅いぞ!」
「おい。あの女を犯すときは順番回せよ。殺すのはそのあとな」
物騒なことを言いだし、セナは慌ててメリッサを連れてその場を離れようとしたのだが。
地下に、大絶叫が響き渡った。
誰もが目を見開き、声のほうに顔を向ける。
地下への出入り口。
さっき男たちが仲間を呼びに向かった先。
そこから。
継続的にいろんな悲鳴が上がる。
「な、なんだ!」
男たちがたいまつを床に放り出し、思い思いの武器を構える。
セナは震えながらメリッサを抱えて地面に座り込んだ。
武器を持った男がひとり、飛び出す。
絶叫。
またひとり向かう。
悲鳴。
鉄格子の前には、もうリーダー格と思しき男しかいない。
男は槍を構えて牙を剥いた。
「誰だ!」
その語尾に続くのはコツコツという非常に静かな靴音。
「待てど暮らせど、妻が来ないので探しに来た」
鉄格子の前に現れたのは、アレックスだ。
抜身の剣をぶらさげ、相変わらずつまらなそうな顔をしている。
鉄格子越しに目が合うと、ふう、とため息をつかれた。
「君が来るんじゃなかったのか?」
「そうなんですけど、途中でエイヴァン卿が人質にとられて。見捨てられず」
やれやれとアレックスが肩をすくめる。
唐突に。
「ああああああ!」
男は咆哮を上げて水平に構えた槍を突いた。
アレックスは右手を返す。片手持ちにした剣の峰で無造作に槍の穂先を叩いた。
硬質な音が響く。
小さく火花が散って槍が地下牢の地面にめり込んだ。アレックスはすかさず踏みつける。
そのまま、二歩目は槍の柄を踏んだ。
槍がしなる。
男は必死に引いたり押したりしているが、これではもう無理だ。
むしろ。
ここは槍を離して逃げるべきなのに。
男は顔を真っ赤にして槍に執着する。
その男の首に。
アレックスは無造作に剣の峰をたたきつけた。
男はあっさりと白目を剥いて昏倒した。
「で? 俺への相談事とはなんだ」
剣を鞘におさめながらアレックスが尋ねる。
「今日もまだ腕の調子が悪いので、あのお店の具沢山スープを買ってきてほしいんです」
「わかった」
「あと」
「なんだ」
「できれば鉄格子から出してください」
「それもそうか」
アレックスは気づかなかったとばかりに目を瞬かせた。
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