第29話 地下牢にて

◇◇◇◇


 リドリアは王族の女性たちが執務で使用する棟の、地下にある牢に放り込まれていた。


 閉じ込められてどれぐらいが経ったろうか。

 おなかがぐうぐうなるので、たぶん数時間は経っている。


 打突された足のすねはこぶのように膨らみ、現在痛さに加えて熱感があった。これも受傷してからの時間計測に役立った。


 放り込まれた当初は「こんな場所があるんだ」と驚きつつも、慎重に周囲を見回したりしていたのだが。


 いまや完全に飽きた。

 そしてまた、おなかがぐうと鳴った。


「よくこんなときに腹が減るものだな。いつ殺されるかわからないのに」


 猿轡を外され、手を前に縛られたエイヴァンがあきれている。


「どう考えてもこんな監禁事件、すぐに犯人が露見しますって」


 一方のリドリアはというと、手を後ろに縛られた上に、両足首まで縛られ、腰縄の先は牢の柱にくくりつけられている。


 誰が見ても、どっちが凶暴か一目でわかるようになっていた。


「私は王太子殿下のところに王太子妃さまのお使いで行くことになっていました。そのことを一角獣騎士団も有翼獅子騎士団も知っています。それなのに王太子殿下のところにも来ないし、王太子妃さまのところにも戻らないとなると、みんなが怪しむはずです。エイヴァン卿だってそうでしょう? なにか御用があってこちらの棟に来ていたのでは?」


 リドリアはひざをのばして座り、壁に背中を預ける。小汚い壁に背をつけるのは嫌なのだが、長時間拘束されていると姿勢がしんどい。それに腫れた足がじんじんと痛む。


 手といい足といい。このところ散々だ。


「ぼくは……セナ嬢に呼び出されたんだ。婚約についてもう一度話し合いたいって」

 言いにくそうにエイヴァンはうつむいた。


「それは嘘で、男たちに拘束された、と」


 それでよく有翼獅子団が務まりますねとはリドリアは言わない。不甲斐なさは本人が一番気づいているだろうから。


「婚約破棄、するんですか」

 代わりにそう尋ねてみた。


「ぼくはそのつもりだ。セナ嬢は納得していないが」

 ふぅん、と気のない返事をする。


「君たちは結婚したそうだな」

「ええ、まあ。おかげさまで」


 リドリアが返すと、エイヴァンは自嘲気味に笑った。


「こんなところでもアレックスに負けるとはね」

「勝ち負けと思っているからだまされるんじゃないですか?」


 自分自身がそうだ。

 結婚について焦り、妙なコンプレックスを抱いたがためにセナに騙されて恥をかかされるところだったのだから。


「セナ嬢のことですが……好きな人に嫌われたくなくて嘘をついたんだと思いますよ?」


 リドリアは伸ばした足をもぞもぞ動かした。定期的にそうしないと、足が固まってしまいそうだ。ほぐしておかないと、いざというときに動けない。


「もう懲りたでしょうし、許してあげればどうですか」

「君は許せるか? 例えばアレックスが君に嘘をついたらどうだ」


 言われて想像してみたが、どうにもその状況が浮かばない。リドリアは肩をすくめた。


「アレックス卿は嘘をつかないと思います」

「……だよな。君はいい結婚相手をみつけたよ」


 ため息交じりにエイヴァンがつぶやいたとき、鉄格子の向こうがやにわに明るくなる。


 ついで幾人もの足音が聞こえてきた。

 エイヴァンは明らかに緊張し、リドリアも視界が悪い中目を凝らす。


「……やっぱりかー……。そりゃメリッサ王女がからんでるよね、これ」


 たくさんのたいまつを男たちに持たせて登場したのは、王女メリッサとセナだった。


 男たちは近衛騎士というわけではなく、どこかで雇ってきたのだろう。


 服は揃いではないし、どこかやさぐれた感がある。ニヤニヤといやらしい目つきでメリッサやセナを時折見ては、小声でなにか囁きあっていた。


 セナもそのことには気づいているのだろう。おびえた瞳をしていたが、メリッサは全くの無関心だ。よもや王族の自分がなにかされるとは思ってもいないらしい。


「あなたが、なかなかあたしの要望に応えてくれないので、こうやって来てもらいました」


 メリッサはつんと顎を上げて鉄格子越しに自分を見た。


 リドリアは改めてメリッサを見る。

 王太子ジョージによく似た容姿をしていた。

 まるで双生児のようだとも思う。


「アレックスと離婚なさい。そして王城を立ち去るように」

 メリッサは非常にストレートに言った。


「その……私がもし、離婚を申し出てアレックス卿と別れたとして、ですよ? そのあとすぐにメリッサ王女殿下とアレックスが結婚するとは思えませんが」


 控えめにリドリアが伝えると、メリッサは長いまつ毛をパチパチさせた。


「どうして?」

「どうしてって……。どう考えても不自然だからです。あきらかにメリッサ王女殿下が離婚の一件にかかわっていると誰もが思いますよ?」


 ふふん、とメリッサは笑う。


「そんなことないわよ」


 なんでだよ、と逆にリドリアはツッコみをいれたい。どうしてそんなにこの杜撰な誘拐脅迫事件に自信を持てるんだろう。


「それにあなた、本当にアレックスに気があるの? 彼を愛しているようにみえないんだけど」


 メリッサが目をすがめてリドリアを見る。盛大にリドリアの心臓が鳴った。


「ど、どどどどどどどどどうしてそのように思うのですか」

「だって、あたしと同じぐらいの熱量でアレックスを見てるわよね」


「熱量?」


 首をかしげて尋ねると、うん、と幼い仕草でメリッサはうなずいた。


「あたし、この国に残るためにアレックスと結婚したいの。いつまでもお兄様の側にいるためにね。だからまあ、あたしの身分にあうのであればだれでもいいの。ねえ、あなたの目も、あたしと同じように見えるのよね」


 結婚するなら誰でもいい。

 暗にそう言われたのだろうか。


 バクバクバクと暴れまわる心臓をなだめ、リドリアは叫んだ。


「そんなことはありません! 私もアレックス卿も表情に乏しいとよく言われますが、ふたりは愛し合っています!」

「ふぅん。本当に?」


「そ、そそそそそそそうです! あまりかようなことを口にはしたくありませんが、アレックス卿はけがをした私をかいがいしく世話をしてくれまして! というか、あのテントの脚横転事件もメリッサ王女ですよね⁉」


「うーん。まあ、そう?」


 にっこり笑ってメリッサは言う。


 ジョージ殿下も似たような笑みをよく浮かべるが、あちらは天使でこちらは悪魔だとリドリアは愕然とした。


「まあ、いまさらどうでもいいじゃない。離婚に応じなければ、そこの男とともに駆け落ちしたっていう設定にしようと思ってね。この男どもに殺害を命じているところなの」

「はあ⁉」


 得意げに語るメリッサに、素っ頓狂な声を上げたのはエイヴァンだ。


「セナ嬢、それは本当ですか⁉」


 両手を縛られているものの、リドリアと違って彼はかなり自由が利く。

 立ち上がり、鉄格子にとりついた。


「だ、だって! エイヴァン卿が婚約破棄だなんておっしゃるから!」


 セナは涙を浮かべて訴える。


「私があんなに頼んだのに……! エイヴァン卿は婚約破棄を撤回なさらないから! だから、リドリアの駆け落ち相手にあなたを指名したのよ!」


「婚約破棄はあなたが僕に嘘をついたから!」

「嘘のひとつやふたつ、見逃してくれてもいいじゃない!」


「いや、その嘘の度合いがおかしいでしょう!」

「婚約破棄だなんて、そんな世間体の悪いこと……! 私はいや! だから死んで!」


 セナが叫ぶ。


 リドリアは気の毒そうに、鉄格子に張り付くようにして立っているエイヴァンの背中を見た。


 死んでと元婚約者に言われた彼は凍り付いている。

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