第28話 アレックスは約束の時間にうるさい男

◇◇◇◇


 アレックス・レイディングは、約束の時間にうるさい男であった。


 ほかのことは多少どうにかなっても、約束の時間に遅れるやつだけは許せない。

 それは子どものころからそうで、大人になったいまも時間に無頓着な人間が嫌いだった。


『少し遅刻しただけじゃないか』


 そうなだめられたことが何度もあるが、腹が立つのだから仕方ない。


 こちらはわざわざ時間を割いて準備しているのだ。

 それをないがしろにされた気がする。


 だから簡単に約束を反故にしたり、遅刻する人間とアレックスは距離を置いていたし、周囲の人間もアレックスが時間厳守なことを知っていた。


 だから。


『夫にお願いしたいことがありますので、少し顔を出してみようと思います』


 近衛騎士にそう伝言を残したリドリアがいつまで経っても顔を見せないことに、アレックスは違和感を覚えた。


『まだ来ないのか!』ではなく、『なにかあったのか?』のほうが先に立ったのだ。


 出会って日は浅いが、リドリアと一緒にいてもアレックスは苦痛を覚えない。ということは感覚が似ているのだ。


 自分と似たような思考回路で動いているリドリアが、伝言内容をたがえるとは思えない。


 違えるとしたら、その連絡をまたよこしてくるはずだ。


『え……。なんで来ないんでしょう。エイヴァン卿もまだ見つかりませんし』


 リドリアと会ったという後輩騎士がうろたえる。

 不穏な気配が漂い始める詰所をアレックスは出て、王太子妃の執務室に向かった。


「リドリアは王太子殿下の執務室に行ったはずですが……」

「戻りが遅いとは思っていましたが、そちらにはアレックス卿がいらっしゃいますし……。なにか話がはずんでいるのか、と」


 王太子妃ソフィアとセイラが顔を見合わせている。


「ですが確かにおかしなことです。あの職務に熱心なリドリアが怠業することなど考えられません」


 ソフィアが柳眉を寄せた。


「王太子殿下の執務室には本当に到着していないのですね?」

「ええ、王太子妃殿下」


 アレックスは応じ、それからかすかにため息をついた。


「そしてエイヴァン卿が行方不明なのです」

「エイヴァン? それはどなたです」


 ソフィアの質問に、セイラが応じた。


「セナ・マーベリック伯爵令嬢の婚約者で有翼獅子騎士団の一員です」

「セナ……というと」


 ますますソフィアの眉根が寄る。


「メリッサ王女の侍女ではありませんでしたか?」


「ええ、そうです。そしてメリッサ王女はアレックス卿と婚姻を結んだリドリアを敵視しておりました」


 セイラは深く頷くと、さらにソフィアに顔を近づける。


「セナ嬢とエイヴァン卿の婚約も現在非常に危ういことになっておりまして。そのことについてセナ嬢もリドリアのことを敵視しているのです」

「セイラ、あなたが情報通で助かったわ」


 ソフィアは重い息を吐くと、椅子からゆっくりと立ち上がり、アレックスに視線を向けた。


「お手数ですがわたくしの名で王城の出入りを封じてください。両陛下と王太子殿下にはいまからわたくしが説明にうかがいます。アレックス卿」

「はい」


「申し訳ありませんが、わたくしの近衛騎士とともにリドリアを探してくださいますか? まだ城内にいると思いますので」


「かしこまりました」


 こうしてリドリア捜索隊が発足したのである。

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