第27話 拉致

「そう……ですか」


 セナは王女つきの侍女だ。その彼女に呼ばれたというのなら、確かにこの棟にいる可能性はある。


「お見かけしたら私からも早急に戻られるようにお伝えしておきますね」

 リドリアが言うと、騎士たちはほっとしたように笑った。


「自分たちはもう少しこの棟を探してみます」

「リドリア夫人はどちらへ?」


「私は、この用紙を王太子殿下の執務室へ」


 二つ折りした用紙を見せると、ふんふんと騎士たちはうなずいたあと、「あ」と笑った。


「ちょうどいま、詰所には副団長がいらっしゃいますよ」

「お話して帰られたらどうですか?」


 アレックスのことらしい。

 うーんとリドリアはしばし黙考した。


 実は相談したいことがある。本日の夕飯のことだ。

 まだリドリアの腕が本調子ではないので、今日も例の店で具沢山スープを買ってきてほしいのだ。


「では、お……夫にお願いしたいことがありますので、少し顔を出してみようと思います」


「どうぞどうぞ」

「副団長にはその旨を伝えておきます。それでは失礼します」


 騎士たちと別れを告げ、リドリアは二階から一階へ移動する。

 棟の扉を押して外に出た。


 まぶしい。

 相変わらず透明度の高い日差しだ。かれこれどれぐらい雨が降っていないだろう。

 リドリアは手庇をして空を眺めた後、王宮の北に向かうために回廊を進もうとしたのだが。


 いきなり左腕をつかまれて引っ張られた。


 ずるりと足が滑り、乾燥した土が煙のように立ち上る。

 態勢を整えようにも、すごい勢いでヒースの茂みに引っ張り込まれた。


 なんとか必死に転倒を防ぐ。

 植栽のある場所が幸いした。


 ヒールが土を噛む。芝生にヒールの先をめり込ませながら、リドリアは腰を落とした。


 もう打撲による腫れはひいていた。痛みもない。


 自分の左腕をつかむ手。

 その手首に向かって、迷いなくリドリアは右手で手刀を落とす。


 できるだけ関節の痛い部分を狙ったので、ぎゃ、と攻撃者は声を上げた。


 だがその声はすぐに、ふぐっという声に消える。

 リドリアが身体を低く落としたまま左肩からタックルしたのだ。


 攻撃者はいともたやすく仰向けに転倒した。


 しかも腹部におもいっきりリドリアが倒れこんだものだから呼吸ができない。

 激しいせき込みを繰り返しながら芝生の上を悶える攻撃者を一瞥し、リドリアは素早く立ち上がって半身に構える。


 目の前にはまだ男がふたりいる。

 服装からいって騎士ではない。だが騎士のように剣を佩いている。


 浪人か、それとも粋がって剣を買ったごろつきか。


 リドリアがあっという間に男をひとり倒したことが信じられないらしい。

 剣の柄も握らずにぽかんとしているから、リドリアはそのすきに手近な方の男に狙いをつけた。


 スカートのすそを蹴って大股に一歩近づき、勢いよく男のつま先をヒールで踏みつけた。


 手ごたえがあったと感じた途端、ものすごい悲鳴を男が上げて地面をのたうつ。

 足の親指か、人差し指を破損したに違いない。


 すぐさまリドリアは構えなおす。

 もうひとりの男が殴りかかってきたからだ。


 男の右こぶしをかわし、胸倉をつかもうと伸ばしてきた左手を叩き落す。

 左ひざを抱え込むようにまっすぐにみぞおちまで上げ、そのまま男に向かって跳ねだすようにして蹴る。


 正面からの蹴りに男は真後ろに吹っ飛んだ。

 転ばぬように必死に足をこらえたところを、リドリアは掌底を放つ。

 それは見事に男の顎にヒットした。


「待て、動くな!」


 男が吹っ飛んでいった直後、別方向から声がかかる。

 リドリアは構えを解かずに顔を向ける。


 茂みから出てきたのは、やはり見慣れぬ風体の男だ。

 その男は縄で縛った男を抱え込み、喉元にナイフを押し付けていた。


 猿轡をはめられ、目隠しもされているため、捕縛されている男はただうろたえているばかりだ。


「……え。エイヴァン卿?」


 いぶかし気にリドリアはつぶやく。


 捕縛され、ナイフをつきつけられているのはエイヴァンではないか。

 あの髪色、あの輪郭。なにより有翼獅子騎士団の軍服を着ている。


「この男がどうなってもいいのか」


 そう脅されたが、リドリアは戸惑うばかりだ。


 どちらかといえば、どうでもいい。

 あまり関係はないし、はっきり言うと好印象もない。


「ど……どうなってもいいのか⁉」


 リドリアの反応に男が焦る。

 予想外だったらしい。リドリアだって想定外だ。


「えー……。っと」

「ちょ……待て! 知り合いなんだろう、こいつは!」


「……う、うぅん。まあ、知り合いといえば……」

「いいのか⁉」


「う……ぅうん……。どうしようかなぁ」


 ついためらっていると、エイヴァンが猿轡のままなにか喚いた。なにを言っているのかわからないが、自分に対して助けを求めていることはわかった。


「こいつに危害を加えられたくなかったら、おとなしくしていろ!」


 リドリアは仕方なく両手を上げる。


「頭の後ろで手を組め!」


 捕虜のような扱いを受け、茂みから出てきた別の男に手を拘束された。


 それと同時に、エイヴァンを捕縛していた男は地面から槍を持ち上げると、思い切りリドリアのすねを柄でぶっ叩く。


「い……っ!」


 悲鳴すらあがらない。目から涙が噴き出し、瞬間的に頽れた。


「手は縛ったし、これでしばらくは足技も使えんだろう」


 こうして、リドリアはどうでもいい騎士のせいで、わけのわからない男たちにつかまってしまった。


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