第22話 指輪の交換

「え……え、そうです。そのために打ち合わせをリドリア嬢としておるところでして……」

「こんなことを言っては大変失礼だが許してもらいたい、リドリア嬢」


 アレックスの言葉を遮り、ジョージがリドリアに向きあう。


「は……い」

「貴嬢にはご両親はいらっしゃらない。身内といえばいまここにいるフィンリーくんだけだね?」


「さようです」

「で、アレックス。君のご両親もどちらかというとこの結婚に消極的だ」


「………その通りです」


「結婚式を開いたとしてもふたりのご両親は出席できないし、しないのではないだろうか。だったらここで式を挙げてしまいましょう。運がいいというか有翼獅子騎士団には従軍神父がいます。彼を呼んで、いまここで」


「殿下。それはあまりにもリドリアがかわいそうです」


 ソフィアが割って入る。

 割って入られるまで、リドリアもアレックスも。なんならフィンリーも銅像のようにぴくりとも動けなかった。


「結婚式とは女性にとって一番輝ける日なのです。それをこんな……少人数で」

「披露宴はまた別に行いましょう、盛大に。それこそわたしとソフィアで仕切ってもいいではないですか」


 自分の腕をとるソフィアに手を添え返し、ジョージはにっこりと微笑んだ。


「今日はあくまで結婚の宣誓を行うだけです。友人や知人、親類を招いての披露宴はまた別の日に開催しましょう。わたしたちが企画して」

「まあ! それは楽しそうですね!」


 おもいっきり乗り気のソフィアを見て、リドリアは「あわわわわ」と意味もなく声を漏らした。


 このままでは王族の余興のために披露宴をさせられてしまう。


「ゆ、指輪がございません!」

 アレックスが駆け寄ってきて挙手をした。


「まだリドリア嬢のための指輪を用意していません! な、な⁉」

「そ、そそそそそそそうです! 指輪!」


 アレックスと目を見かわせ、がくがくと首を縦に振ったが、王太子夫妻はにこやかに微笑んだ。


「今日、わたしがしているこの……右手の指輪をアレックスに差し上げよう」

「では、わたくしは人差し指のこの指輪をリドリアに」


「いえ、そうではなく!」


 アレックスが必死に制止しようとしたが「そうだよ、そうしよう!」といきなり威勢のいい声をあげたのはフィンリーだった。


「だってさ、そうでもしねぇとメリッサ王女、絶対あきらめねぇんじゃねぇの⁉ なんなら、正式に姉様とアレックス卿が結婚しても、『死ねばいい』とか思って姉様を殺しにこないか⁉」


「そんな、あなたなんてことを!」


 リドリアは真っ青になって弟の口をふさいだのに、王太子夫妻は沈痛そうな顔でうなずきあった。


「ありえそうです。そうですよね、ソフィア」

「否定は……できませんわ」


「でしょう⁉ そしたらさ、今日もう結婚して、そんでもってアレックス卿、うちの屋敷に住めば⁉ そしたら姉様を襲いに来る暗殺者からも守ってもらえそうだし!」


「「はあああああ⁉」」


 アレックスとリドリアは悲鳴のような声を上げたというのに、王太子夫妻は名案だとばかりに手を打った。


「そうですね! ゾーイ伯爵家の屋敷も襲われるかもしれません、妹によって! なんなら焼き討ちしかねない!」


「ゾーイ伯爵家を守るためにも、ふたりは一緒に住む必要がありますわね。正式な夫婦であれば一緒に住んでも世間的にはおかしくありませんわ」


 いや、それより妹をどうにかしてよ、とリドリアは泣きそうになる。


「リドリア嬢の屋敷にはお前フィンリーもいるんだろう⁉ だったらだめだ! いかん!」


 アレックスがばしりと拒否する。フィンリーが口を尖らせた。


「いてもいいじゃん。義兄弟になるんだし。ともに姉様を守ろうよ!」

「それはいい考えです。アレックス、早速寮を引き払い、今日からゾーイ伯爵家に住むように」


 ジョージにまで圧をかけられ、リドリアはハラハラした。このままではアレックスが同居してしまう。


 そうなれば勘のいい弟のことだ。これが偽装婚約だと見破る可能性がある。


「いやその……! それはだめよ! 未成年のフィンリーもいるところにそんな! め、迷惑よ、きっと!」


 理由もなくリドリアが否定する。

 それにアレックスが乗っかった。


「そのとおり! 俺とリドリア嬢の結婚生活は未成年には刺激が強すぎる! フィンリーがいる限り、同居など無理! 情緒教育に差し障る! 不良になる!」


 アレックスの一言で。

 室内はふたたび、しん、と静まった。


「ま……まあ、そう……かもしれません。アレックスですしね」

「まあ……そうですの? どうしましょう、リドリア、あなた大丈夫? 新婚生活に慣れるまで、しばらくお仕事お休みする?」


 ジョージが咳ばらいをし、ソフィアはオロオロし、フィンリーはというとさすがに15歳なだけあってめくるめく脳内に広がる妄想に顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。


 リドリアは、というと。


(アレックス卿め……! 殺す!)


 未成年者がいるからいろいろと手が回らず、失礼なこともあるだろうから同居はだめだというつもりだったのに。


 なんで自分が辱めを受けねばならぬのだ、と憤怒の顔でアレックスをにらみつけていたが、アレックスはというと、これで同居は免れたとほっとしていた。


「とにかく、従軍神父をここに呼びなさい」


 こほん、と改めてジョージは咳払いをする。


 アレックスは躊躇した。

 従軍神父を呼びに行けば結婚を宣誓させられる。


 だが医務室に残れば自分の発言によって巻き起こったこの微妙な雰囲気の中で過ごさねばならない。


「…………すぐに戻ります」

 結果、アレックスは医務室を出て行った。


「あ。じゃあぼくはミシェル陛下に声かけてくるよ! 後見人だし!」

「やめて、フィンリー! もうやめて!」


 これ以上後に引けなくなる!と、弟の腕にすがろうとしたが、彼は軽やかに医務室を出て行ってしまった。


「あなたたちの新居の件ですが、王都にあるわたしのプライベートハウスを使いますか?」


 ぱたんと扉が閉まった後、ジョージが右に小さく首を傾げた。

 その提案にリドリアはもう反論する気力もない。

 なぜ一介の没落伯爵娘が王家所有のプライベートハウスに住むのだ。


「防犯対策もしっかりしているでしょうし、割と新しい建屋です。アレックスも慣れていますしね」

「ですが、メイドや執事の中に暗殺者が紛れ込むやもしれません」


 ソフィアの言葉にジョージがため息をつく。


「そうですね。新たに雇うわけですから……。アレックスが在宅していればいいのでしょうが、彼には彼の任務もありますし。メリッサが結婚するまで仕事を休ませるわけにはいきません。わたしも彼がいないと困ってしまいます」


 それはそうです、とリドリアが慌てて首を縦に振る。

 だからもう援助等は考えないでくださいと続けようとしたのだが。


「あ! わたくし、よい案が浮かびました!」


 ジョージから腕を解き、ソフィアは手のひらをあわせて華やいだ声を上げる。


「わたくしの母国の駐留大使館! あそこであれば治外法権ですわ。いくら王女といえど立ち入ることもできません。大使館の一角に平屋がありますので、そちらをしばし使っては?」


「そのようなこと無用です!!!!!!」


 外交問題に発展した!とリドリアは心の中で悲鳴を上げた。

 自分の偽装婚約および結婚が外交問題に、と。


「ソフィア! なんてありがたい言葉でしょう! いいのですか⁉」

「違います王太子殿下! 王太子妃さまを止めて!」

「なにを遠慮することがあるのです、リドリア。大丈夫です。わたくしから大使に説明をしておきますから。それにあなたはわたくしがこの国に嫁いでからいつもよくやってくれました。大使もいつもほめていますよ?」


「必要であれば、わたしも同席しましょう」

「いいんです、そんなのいいんです!」


 必死に拒絶しているのに、頑なに遠慮しているように見えるらしい。王太子夫妻に「気にすることはない」となだめられて、もうだめだとリドリアは絶望をした。


 そんな中。

 アレックスが従軍神父を。

 フィンリーがミシェル先王妃を連れて戻ってきた。


 その後。


 リドリアとアレックスは、競技場の小さな医務室の中、三人の王族に見守られて結婚の宣誓をし、お互い第二関節までしか入らない指輪を交換しあったのだった。

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