第16話 御前試合当日
◇◇◇◇
御前試合の当日。
リドリアは屋外闘技場にいた。
通常は各近衛騎士団が練兵場として使用する場所だ。
整備された土のグラウンドを取り囲むように芝生が植えられており、そこにはいま、所狭しとテントやタープが張られている。観覧用のものだ。
一番の上席には両陛下が。
その右には王太子と王太子妃のテント。
左には王女メリッサのテントが立っている。
それ以外の場所は各近衛騎士団によって区分けされており、その親族が差し入れをもって顔を出しているようだ。
大半を占める一般席には王都民が詰めかけ、朝早くから物売りが威勢のいい声を上げてソーダやビール、軽食を販売していた。
空は快晴。
絶好の競技大会日和だ。
「王太子妃殿下におかれましてはご機嫌麗しく」
テントの中ではいま、王太子妃の近衛騎士たちが恭しく頭を下げていた。
水色の軍服に灰色の皮鎧をつけた彼らは、いずれも10代後半から22歳までの貴族子弟たちだ。見目麗しく、学業成績もよい青少年たちが選抜され、王太子妃付きとなる。
22歳になると両陛下かほかの王族が持つ近衛騎士団に異動することになっている。
もちろん、最初から陛下の近衛騎士団である「黄金獅子騎士団」や王妃陛下の「銀翼竜騎士団」に入ることも可能だが、空きがないことには入れない。
それに引き換え、王太子妃がもつ「一角獣騎士団」は年齢の上限が決まっているため、毎年卒団者が出る。そのため、手っ取り早く近衛騎士団に入りたいものは「一角獣騎士団」への入団を目指すため、王立士官学校での選抜戦にしのぎを削るのだ。
「みなさん、怪我のないように。いつもの力を発揮し、戦いに臨んでください」
椅子に座ったソフィア王太子妃は、自分の近衛騎士たちに慈悲深いまなざしを向けた。
近衛騎士たちは片膝をついた姿勢のまま、深く頭を下げる。
リドリアだけではなくアマンダも、そしてもうひとりの侍女であるセイラも感慨深く見つめていた。
嫁いでからというもののソフィア王太子妃の人気は王女メリッサのためにさんざんだった。
親に言われて仕方なく一角獣騎士団に来た、とか、卒団が待ち遠しいと憚らずに言っていた近衛騎士たちも、王太子妃の評判があがるとともに俄然やる気を出し始めた。
それにはソフィア王太子妃の侍女であるリドリアたちも一役買っていた。
近衛騎士をほめそやし、時折差し入れをし、卒団者には希望の近衛騎士団へはいれるように王太子妃に働きかけたりしたのだ。
なんといってもまだ10代後半から20代前半の青少年たちだ。年上の貴族令嬢がちやほやされて嫌なわけがない。
次第にソフィア王太子妃にも心を開き、いまではきちんと臣下の礼をとっている。
「敬愛する王太子妃殿下のために勝利を捧げます」
今年卒団が決まっている団長がそう宣言すると、団員たちはいっせいに立ち上がり、「王太子妃殿下のために」と声をそろえた。
王太子妃と王女の近衛騎士は、選抜内容に容姿も含まれている。そのため、彼らがそろいの衣装を着て上気した顔を王太子妃に向けると、非常に絵になる。セイラなど毎回うっとりしているが、既婚者のアマンダは騎士団員の制服にほころびがないかチェックするのに余念がないし、リドリアは自分の弟しか目に入っていなかった。
(あの子が……! あの弱弱しかったフィンリーが……っ)
近衛騎士の華と言われる「一角獣騎士団」の団服を着て、いま、目の前にいる。
「まあ、リドリア。泣くのはまだ早いわよ」
くすりとソフィア王太子妃に言われ、リドリアは慌てて目にたまった涙をぬぐう。
その様子を見て近衛騎士からはからかいの声がフィンリーに向けて放たれた。
「やめろよ、姉様」
ぶすっとした顔でフィンリーは言い、しつこくからかう年長の騎士団に食ってかかっている。
「王太子妃殿下の御前だ。静かに」
団長の一言でそれはぴたりと収まった。
「それでは王太子妃殿下。我々はこれで退席し、御前試合に参ります」
「健闘を祈ります」
団員たちは再度そろって礼をすると、きびきびとした動きでテントを出て行く。
「あ、あの。王太子妃さま」
リドリアは椅子に腰かけたソフィアに話しかけた。
ちょうどアマンダが紅茶の準備をしているところだ。彼女もちらりと視線だけこちらに向けた。
「なにかしら」
「弟と話をしてもよろしいですか? このあと、アレックス卿と顔合わせの予定で……」
申し訳なく思いながら願い出ると、「まあ」とソフィアは目を丸くした。
「お早く行きなさい。フィンリーが行ってしまうわ」
「ありがとうございます。すぐに戻ります」
深く一礼し、アマンダに視線を向けると、彼女も首肯してくれた。
足早にテントを出た。
まだ御前試合まで時間があるせいだろう。
グラウンドに人影はない。
だが、テント前は人でごった返していた。
テントとテントは余裕をもってあけられているが、王族を世話するための侍従やメイド、侍女たちが忙しく立ち働いている。
その人の波を縫い、水色と灰色の軍服の一団を追いかけた。
「フィンリー」
そっと声をかけると、最後尾にいた弟が振り返る。
「アレックス・レイディング卿の件でちょっと」
手招きをすると、フィンリーは近くの先輩団員になにごとか伝え、許可されたらしい。
すぐにリドリアのところにまで戻ってきてくれた。
「なに。忙しいんだけど」
いつにもまして機嫌が悪い。
だがそれは対外的なポーズだということにリドリアは気づいていた。
フィンリーは年頃だ。外で女兄弟、しかも母親代わりの姉としゃべっているところなど見られたくないのだろう。
「アレックス卿がご挨拶にみえるのを忘れてないわよね?」
「覚えてるよ。ってかいつ来るの。失礼じゃね?」
フィンリーが腕を組んで顔をしかめる。
「普通はさ、向こうから何時ごろにどこで、って言ってくるもんじゃねぇの? そんな連絡はないし。向こうこそ、ちゃんと覚えてんだろうな」
言われて不安になる。確かに『御前試合の時に』とは言ったが、『何時にどこで』とは約束していないし、なんならそのあと連絡もない。
「大丈夫……だと思うけど」
「なにそれ。ちょっと、ぼくが言いに行ってやろうか、逆に」
「やめてよ、もう」
穏便に済ませたいのにと思っていた矢先、人の波が押し寄せた。
とっさにフィンリーがリドリアを引っ張り寄せてくれたから事なきを得たが、どうやら西のほうから一団がやってきて、それを通すためにみんなが強引に動いたようだ。
リドリアはフィンリーの腕につかまりつつも背伸びをしてやってくる一団をうかがう。
「なんだろう。女性?」
日傘の一団がこっちに向かっていた。
「とにかく、アレックス卿が王太子妃殿下のテントにいらっしゃったらあなたに連絡するから。あなたたちの待機場所を教えて」
また人が混み始めたら厄介だ。リドリアは口早に言う。
「えっとね」
フィンリーが首を巡らせて自分たちのタープを指さそうとしたとき。
「あら。あれはレイディング侯爵夫人ではないかしら」
すぐ近くでそんな声が聞こえて、姉弟ともに顔を見合わせた。
声の主は見知らぬ女性だ。50代ぐらいでふくよかな体型。彼女自身は貴族なのだろう。侍女らしき女性に日傘を傾けてもらいながら、にこにことした顔のままリドリアにも話しかけてくれた。
「ほら、ご子息のアレックス卿が御前試合に出るのではないかしら。席取りかしらねぇ」
「は、はあ」
あいまいに返事をしながらリドリアは嫌な予感しかない。
(レイディング侯爵夫人ってことはあれよね。レイディング卿のご母堂様よね)
アレックスの口ぶりからすると自分との婚約を認めていない感じではあったし、なんならこの日は屋敷に幽閉するとも言っていたが。
どうやら出てきてしまったらしい。
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