第10話 ”照れ屋で恥ずかしがりやなふたり”を演じる

 リドリアは小走りに彼に駆け寄る。


「あの……」

「なんだ」


「信じてくれてありがとう」

「は?」


 あきれたようにアレックスはリドリアに一瞥をくれる。


「あんなもん嘘にもならん。なんであいつはそんなものを信じるんだか」

「セナ嬢を信じておられるんでしょう」

「愛は盲目ってか。ああ、おぞましい」


 ぶるりとアレックスは身を震わせた。


「あいつは俺と同期でな。入団した当時はあいつのほうが注目されたぐらいだが。だんだんみんなが『なんかちょっとおかしいな』と気づき始めて」


 その『なんかちょっおかしいな』の違和感がリドリアにはありありとわかる。


 はっきりと言語化することは難しいが、『なんかおかしい』のだ。感じ方が大半の人と違う、というか。


 本人はその違和感に気づいてないどころか、大半の人のほうが間違っていて、自分はその正しい方向に導かなくてはと思っているからややこしくなるのだろう。


「だが面倒くさいから誰も本当のことを教えないだろう? 常々団長から『同期なんだからどうにかしてやれ』と言われていたが……。いい機会になった」


 淡々とアレックスは言うと、茶会会場のほうに近づいていく。

 アレックスがさっき言ってくれたように、会場は非常ににぎわっていた。


 敷布に座り、簡単なゲームをはじめた団体もいるようで、時折爆ぜるように笑いが起こっている。


 パラソルのある椅子席では落ち着いた雰囲気で語り合うふたりがいたり、男性同士なにやら難しそうな顔で打ち合わせている様子も見えたが、大半は楽しそうだ。


 メイドたちはと見やると、こちらもテントの下でアマンダの指示のもと、のんびり仲良くお茶や菓子の提供をしている。


 アマンダと目が合った。

 彼女が笑って手を振って来るので、リドリアも手を振り返す。


 わずか数十分前に感じた屈辱や怒りは、降り注ぐ太陽の光で浄化されたようだ。 


 いや。

 アレックスの言葉が、打ち消してくれたのだろうか。


「リドリア」


 柔らかな声に顔を向けると、王太子妃ソフィアだ。

 驚いたことにピクニック風の敷布の上に座っている。隣には王太子ジョージもおり、肩をくっつけるようにして座っていた。


 てっきり椅子席にいるのだと思ったが違うらしい。


 敷布の上にはトレイに載せられたティーセットや茶菓子が並べられ、それを囲むように数人の紳士淑女も笑顔で座っている。


「本当にピクニックをしているようだわ。こんな素敵な体験をありがとう」

 ソフィアがにこにこしてリドリアに言うから驚いて目を丸くする。


「なにをおっしゃいます! 私の思い付きを許可してくださった王太子妃さまに私こそ感謝を申し上げねばならないのに!」


「今回の催しのことは両陛下の耳にも入っています。このように盛大に、そして楽しく過ごせたこと、ぼくからも礼を言いたい」


 ジョージまでが言い出し、ひぃ、とリドリアは悲鳴を上げかけた。


王女いもうとにも困ったものだ……。いつまでこのようなことを続けるのか」 

 そんなリドリアのことなど気にせず、ジョージはひっそりとため息をついた。


「両陛下も心を痛めておられる。対応策については現在秘密裏に進めていますので、ソフィア、どうぞ安心してください」


 ジョージが真剣な顔で言い、ソフィアはゆるやかに微笑んだ。

 諦観しているようにも見えるその笑みは痛々しく、ジョージも柳眉を寄せたが、すぐに表情を変えて参加者を見回した。


「今度は王城の外でこういう催しをしてみたいな。ねぇ、君たち。いい場所は知っていますか?」


 ジョージが尋ねると、紳士淑女たちは「そうですね」と思案したのち、いくつか候補を上げた。


 好感が持てたのは、彼らが口にしたのが「自分の領地に近い」とか「ひいきにしている場所である」というわけではなく、王太子妃夫妻が訪れたとしても問題のない場所だったことだ。


 いずれも新顔だが、ソフィアもジョージも非常にリラックスした様子で会話している。


 この茶会に参加しているということは男性側は〝猟犬〟である可能性が高いし、女性も王太子サイドになんらかの伝手があるということだろう。女性たちはいずれもおっとりとしているのもいい。


(これはいいご縁かも。王太子妃さまのお友達になる可能性もあるのだし、もっと仲を深めていただかなくては!)


 人知れずリドリアがこぶしを握り締めたとき、ジョージが「ねぇ、アレックス」と呼びかけた。


「はい」

「いま教えてもらった場所をいくつか下見してもらえるかな。ソフィアとピクニックをしてみたいんだ」


 ジョージはソフィアの手を握り、にっこりと微笑んだ。


「つきあってもらえますか?」

「もちろんです、王太子殿下。よろこんで」


「よろしければ、君たちにも招待状を差し上げてもいいだろうか。また楽しくお茶を飲んで会話をしないか?」


 もちろんです、光栄です、と参加者たちはつつましく頭を下げる。

 ほっと胸をなでおろすリドリアに、ジョージが笑顔を向けた。


「そのときは、リドリア嬢とアレックスも参加してください。こちらから誘っておきながら今日はふたりとも仕事をさせてしまって……。なかなか会話ができなかったから」


「こ、光栄でございます」


 形ばかり頭を下げる。アレックスについては無表情を貫いて返事すらしていない。


「よく考えたら婚約して1か月。まだ2回しか会っていないのなら、ぼくたちがいろいろ話を聞いてもなにも言うことはないかもしれないし。ねぇ、ソフィア?」


「そうですね、王太子殿下。今度のそのピクニックまでにはきっと何度もデートするでしょうから、それからのほうがよいかもしれませんね」


 にこにこと王太子妃夫妻が話をしているのを聞いて、リドリアは滝のように冷汗をかく。


「……これは、何度ぐらい偽装デートをすればいいんだ」

 可能な限り唇を動かさずにアレックスがリドリアに言う。


「妄想でいいんじゃないですか? それを共有すれば」

「妄想共有な。そうしよう」


 互いにうなずきあっていると、鋭い視線に気づいてふたりして肩を震わせた。

ほぼ同時に顔を向けると、ソフィアと目が合う。


 にっこりと微笑まれた。


「もちろん、素敵なデートだと思っていますよ、ええ。言葉だけではなく、ね?」


 これは……バレる。妄想共有などしようものなら粗を突かれる。

 リドリアはアレックスを見た。アレックスはしかめっ面で頷く。


「もちろんです、王太子妃殿下。リドリア嬢をエスコートして互いに楽しく過ごせるように努めます」

「まあ素晴らしいこと」


 ソフィアが笑うと、参加者たちが笑顔でつづけた。


「つきあいはじめのこの時期が一番楽しいですよねぇ」


「浮いたお話がございませんでしたが、このような優秀なご令嬢とご縁があったとは。レイディング卿、どうぞ素敵なデートを」


「リドリア嬢もご家庭のことがありましょうが、ぜひ婚約期間を楽しんでくださいませね」


 リドリアとアレックスはぎこちなく笑みを浮かべ、「ありがとうございます」「楽しみです」と頭を下げる。


 その様子をほほえましく思った参加者たちからは、「照れ屋で恥ずかしがりやなふたり」に見えたという。

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