第8話 あの手紙、自作自演だと聞いたよ?

 お茶会……というか、いまではピクニックの趣向を凝らした会場は大いに盛り上がっていた。


 大きな敷布を等間隔に並べたところには、輪になって数人の男女が座っているグループがあり、騎士団員の中には楽器演奏を披露して拍手喝さいを得ている者もいた。


 一方で女性同士でにぎやかに過ごしているところもある。


 手の空いている執事を総動員してパラソルを追加したので、敷布で過ごしたとしても日蔭はある。それでも日差しが気になる令嬢は侍女に日傘をさしてもらっていた。


 ビュッフェスタイルの菓子やお茶の提供も意外に好評だ。


「これをもうひとつ」「今度はこっちの茶葉を試してみたいわ」と主に令嬢たちに大人気だ。それを男性がほほえまし気に見守っている。


 もちろんテーブル席のほうにも人はいて、おもにこちらは王太子や王太子妃と話がしたい人が陣取っていた。


(すみわけができた感じでよかった)


 額に浮いた汗を手の甲でぬぐい、ふう、とリドリアはため息をついた。


 王太子妃に『畏れながら』と提案したところ、それは即刻受け入れられた。

 会場ですでに団員たちに連絡を回していたアレックスに、リドリアが両手を上げて○をつくると、「行け」とまるで任務を命じるように団員たちに告げた。


 まさに放たれた猟犬のように団員たちはそれぞれ気に入った令嬢をエスコートしに行った。

 誘われた令嬢は嬉しそうに移動し、なかには数人の女性を誘うという猛者もいた。


 異性との出会いを求めに来た令嬢たちは気に入った男性たちと敷布のほうへ。

 王太子と会話ができる稀な機会だと思う人はテーブル席へ。


 ぽつんとひとりだけで過ごす人がいないようにアマンダが目を光らせており、いまのところそれは確実に成功している。


(さて、じゃあ私は王太子妃さまのところに行こうかしら)


 手がすいたらアレックス卿と一緒に来てねと言われているのだ。

 アレックスがどこにいるのかわからないのであえて探さずに行こうとリドリアは思った。なにも自ら危険をおかすことはないのだ。


「失礼。リドリア嬢とはあなたのことかな」


 急に背後から声をかけられ、リドリアは振り返る。

 そこにいたのは、アレックスと同じ制服を着た青年だ。


 金髪に薄い青の瞳。端整な顔立ちは女性受けしそうなひとだ。本日この会場にいるのは猟犬たちなので、彼もそのうちのひとりなのだろう。現に詰襟には星がついている。


「そうですが。なにかお困りごとでも?」


 リドリアのことを王太子妃の侍女だとわかっているはずだ。わざわざ声をかけにきたということは、会場でなにか困ったことがあったのだろう。


「いや、そうではなく。少し君に言いたいことがあってね」


 彼の手にはティーカップも菓子もない。

 まじめな表情でリドリアを見つめている。


「ぼくはエイヴァン・リドリーだ。知ってる?」

 一瞬わからなかったが「ああ」と声を上げた。


「セナ嬢の婚約者さんでしたか。どうも初めまして」


 ぺこりとリドリアは頭を下げた。セナのことは礼儀知らずなやつだと思っているが、だからといって自分も礼儀を失うのはだめだ。


「君とアレックス卿との婚約のことだけど」


 エイヴァンの言葉に、てっきり「おめでとう」と言われるのかと思いきや、彼は非常にまじめな顔で言った。


「ああいうやり方はどうかと思うね。みんなを嘘で巻き込むのはいかがなものだろう」


 どきり、とした。

 まさか偽装婚約のことをこの人は知っているのだろうか。


「どういう……ことですか?」


 こわごわと尋ねる。

 同じ猟犬同士だ。ひょっとしてアレックスはエイヴァンに心を許していてすべてを告げているのだろうか。


「あの手紙、自作自演だと聞いたよ」

 まったく予想していないことを言われ、リドリアはぽかんと口を開いた。


「手紙……? なんのですか」


 エイヴァンと同じぐらいに真剣な面持ちで尋ねたら、彼はさらに生真面目な顔でリドリアを見つめる。


「君に届いた恋文のことだよ」


 非常にきれいな顔立ちをしているのに、なぜかこの人と話しているとイラッとする。


 リドリアはそんな嫌悪感を気取られぬように注意しながらエイヴァンに言う。


「アレックス卿が私にくださった匿名の手紙のことですか?」

「それ、君が自分で作ったんだろう?」


「まさか! 侍女控室にあったのです。それで待ち合わせ場所に行ったら、アレックス・レイディング卿がいらっしゃって!」


「アレックス卿に興味があって、でも自分から声がかけられなかったから、自作の恋文を王太子妃様に見せ、いかにも王女メリッサからのいやがらせだと匂わせてわざとアレックス卿が来るように仕向けたと聞いたよ?」


「バカな! 誰にですか!」


 素っ頓狂な声をリドリアが上げる。エイヴァンは真面目腐った顔で応じた。


「もちろんセナからだよ。ぼくの婚約者のね」


 なにを言ってるんだこいつは、とあっけにとられてリドリアは目の前にいる美青年を見た。


 そのセナにリドリアは騙されたのだ。


 偽の恋文で呼び出され、衆目のなか恥をかかされそうになったところを、王太子と王太子妃にリドリアは助けられたのだ。


 それなのに、あろうことかセナはこの婚約者に嘘を吹き込んだのだ。


 リドリアが自作自演を行い、まんまとアレックス卿と婚約を結んだ。その嘘のために自分の主である王女メリッサの地位が汚されようとしている、と。


 声にならない怒りに小刻みに身体が震える。

 それなのになにをとち狂ったか、エイヴァンは残念な子をみるような眼でリドリアを諭した。


「いまからでも遅くない。ちゃんと本当のことを告白して婚約を解消したほうがいい。こんなふうに結婚したって君は幸せになれないよ」


 ああ、なんでこのイケメンがこんなに腹立つのか分かった、とリドリアはこぶしを握り締めながら思った。


 生徒の言い分を聞かない教師によく似ているのだ。


 自分だけが正しく、自分の周囲にはいい子しかいない。

 そのいい子だと思っている子が話すことがすべてで、「違います」と言う子は嘘をついていると盲目的に信じている。


「私は嘘なんてついていません。侍女控室に匿名の手紙があり、私はそれを信じて店に行きました」


 怒りに声を震わせながらエイヴァンに言う。エイヴァンは困ったように眉を少し下げたが、リドリアは構わずに続けた。


「王太子妃さまにも『見合いがあるんです』と報告しました。うれしげに待ち合わせ場所のカフェに行きました。そこでずっと待ってました。二時間」


 わずかにエイヴァンの瞳が細まるのが見える。


「だけど誰も来ません。だまされたと思いました。いたずらの手紙をもらったのだ、と。私が家庭の事情でずっと結婚できないのを知っている誰かが、私に恥をかかせるためにしたのだ、と」


 一生懸命平静になろうと思うのに、声は怒りでどんどん震える。


「そこに現れたのは、セナ嬢です。王女メリッサさまの侍女たちをたくさん連れてカフェにやってきて、お客さんがたくさんいるなかで『あんたなんかに縁談があるわけないじゃない』と笑ったのです。そこに」


 嗚咽が混じりかけ、必死に飲み込む。


「そこに現れて助けてくれたのがアレックス・レイディング卿です。王太子妃さまは、私に届けられた手紙が匿名だということを不審におもわれ、王太子殿下に相談してくださったのです。そこから偽の手紙だと気づかれ、アレックス卿を派遣し、わ、私を……。みんなの前で恥をかかされそうになった私を助けてくれたのです」


 ぼろり、と涙がこぼれ、リドリアは強引に拭った。

 そしてエイヴァンをにらみつける。


「あなたの婚約者であるセナ嬢が仕組んだいたずらから助けてくれたのです」


 エイヴァンは黙ってリドリアを見つめた。


 じっと。

 氷を日に透かしたような青い瞳でリドリアを十分に見つめたあと、彼はふうと大きなため息をついた。


「まだ嘘をつくんだね」


 途端におなかの中が熱くなって怒鳴りつけてやろうかと思った。


 何が嘘だ。

 これが実際にあったことなのだ、と。


「なら仕方ない。ぼくからアレックス卿に本当のことを伝えに行くけどそれでもかまわないね?」


 これが最後の忠告だよ、とばかりにエイヴァンは腰をかがめてリドリアの顔を覗き込む。その横っ面を張り飛ばしてやりたい衝動をこらえ、リドリアは首を縦に振った。


「ええ、どうぞ。アレックス卿にでも王太子殿下にでも。王太子妃さまにでも言えばいい。どうぞご自由に」


 言うなり、リドリアはエイヴァンに背を向けた。

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