第7話 王太子妃主催のお茶会開始
◇◇◇◇
一週間後。
王太子妃の執務室にほど近い王宮の庭では盛大な茶会が開かれていた。
リドリアは茶器や菓子の準備用に用意した天幕の中で、メイドたちと一緒にティーポットに湯を注いでいた。
「参加者はこれで全員そろったわ」
ばさりと扉幕が開き、同じく王太子妃の侍女であるアマンダが入ってきた。
「よかった。では定刻通りに開始ね」
リドリアはほっと顔をほころばせる。メイドたちも額に浮かんだ汗をハンカチでぬぐいながら安堵した表情を見せた。
「いま、王太子妃さまが参加のみなさまに挨拶をなさっているところ。すぐにお茶をお出ししましょう」
アマンダが言い、メイドたちは仕上げだとばかりにティーポットやカップをシルバートレイに載せ始めた。
「予想以上の参加者ね」
あわただしく、だが規律正しく動くメイドたちを見渡し、リドリアはほうと息をついた。
「そりゃあ王太子の〝猟犬〟が一斉に来るのよ? それを目当てに未婚の娘たちが殺到するに決まっているじゃない」
アマンダは小ばかにしたように鼻を鳴らした。
(そういうものなのねぇ)
自分には両親がいない。だが年頃の娘をもった両親というのは耳敏いものらしい。
『王太子妃が大事にしている侍女が婚約した。その祝いも兼ねて開催するお茶会に〝猟犬〟たちが参加するらしい』
その噂はまたたくまに社交界を駆け抜けた。
王太子の〝猟犬〟といえば、近衛騎士のなかでも選りすぐりのエリートだ。
ただの近衛騎士であれば王宮内の組織のなかで異動もあるが〝猟犬〟は違う。
一生を王太子とともに過ごす。
もちろん王太子が王となってもその関係性は変わらない。
婿として申し分ない若い男たちがそろっているのだが、普段は極秘任務遂行のためにめったに姿を現さない。社交界に席をおいていても、夜会や舞踏会、ましてや茶会になど顔を出すことはない。
それが一堂に会するのだ。
年頃の娘をもつ親たちが色めきだつのもうなずけるというものだ。
王女メリッサのこともあって王太子妃に直接コンタクトをとるのは避けた貴族たちは、一斉に王太子殿下の関係者にすがりついた。
なんとしてもうちの娘を茶会に参加させてくれないだろうか、王太子殿下の呼びかけと言うことで。
そんな申し出を文官や侍従官たちは淡々とさばき、〝猟犬〟たちの調査のうえ、厳正な審査を経て、現在20名近い娘たちが茶会にいる。
「よく考えればさ、未婚の娘なら確かに将来的に王太子妃さまにはふさわしいかもね」
ワゴンに茶器を乗せる手伝いをしていたリドリアは、アマンダの声に顔を上げた。
「どういうこと?」
「だって既婚の貴族の女はさ、みんな王妃様かメリッサ王女のとりまきじゃない。そんなひとたちを味方に取り込もうったってそりゃむりだわ。それよりも誰もまだ手をつけてない未成年の娘を手なずけるほうがいいと思わない?」
「いいとは思うけど、言い方がなんか語弊があるわ」
「王太子妃色に染め上げたいってだけよ」
「それよそれ」
「だって王太子妃様、いいひとなんだもん」
リドリアよりも年上で既婚の彼女は、まるで子どものように口を尖らせた。
「メリッサ王女のいじめにも耐えてさ、王妃様にも陛下にも。王太子殿下にも愚痴ひとつこぼさないし。私たちにもお優しいじゃない? それなのにいっつもひとりぼっちでさ」
ふん、と荒く鼻息を吹き、腕を組む。
「王太子妃様のために、若い男をエサにして若い女を釣るわよ、リドリア。そして一大勢力を築くの」
「言い方に難があるけれども、もちろんよ、アマンダ。すべては王太子妃さまのために」
「すべては王太子妃様のために」
見つめあい、大きく頷いたところでメイドたちが「準備できました」と声をかけてきた。
「じゃあいくわよ」
アマンダが扉布を大きく開く。
ワゴンを押したり、シルバートレイを抱えたメイドたちがきびきびと庭に出ていく。
リドリアも目を細めて外に出た。
快晴だ。
雲一つない空にはこの時期らしい透明度の高い日が差し、庭にはいくつもの白いパラソルが広げられている。
その下にはクロスのかかったテーブルが設置され、幾人もの若い男女が座っていた。
「そういえば婚約おめでとう、リドリア」
笑顔でアマンダが言祝いでくれる。リドリアは肩をすくめた。
「結婚はまだしないけど」
「いいわよ、それで。急いだっていいことないんだし。あら? 噂をすれば、ね」
アマンダの視線を追うと、こちらに足早に近づいてくる長身の男がいた。
アレックスだ。
「どこにいたんだ」
開口一番に言われた。無表情には慣れたが、この低い声にはまだ抵抗がある。がっつり叱られている気分になるから無性に腹が立った。
「どこにいたって……。侍女としての務めを果たしていたんですけど」
銀のワゴンを押して進むメイドたちに視線を向けると舌打ちされる。
「席順に関する申し出が多すぎる。貴嬢も一緒に手伝ってくれ」
「席順?」
なんだそれ、とアマンダと顔を見合わせた。
「席順って……。最初から決まっているでしょう?」
リドリアが言う。アマンダもぶんぶんと首を縦に振った。
「みなさん席に座ったのを確認して王太子妃様がスピーチを始めたはずですけど」
実際、受付を担当していたのはアマンダだ。
参加者名簿をチェックし、名前が書いていあるカードの席に座ってくれと説明をした。階級や年齢に配慮した席順になっており、王太子妃にもご納得いただいているはずだ。
「そのスピーチが終わった途端、女どもがやれ『あっちの緑の目の男性のそばがいい』だの、『この席ではなくあっちがいい』と言い出し……」
ぎぃぃぃぃぃと髪の毛をかきむしりそうな勢いでアレックスが言う。
「だめですっておっしゃったらどうですか」
あきれてリドリアは言う。
そんなのを聞いていたらきりがない。
「女だけじゃなく、うちの団員も言い出したんだ! 『副団長、あっちにうつっていいですか』とか『え、だったらここのテーブル女性陣いないんですけど』とか!」
時折物まねと身振りをまじえてアレックスは伝えるのだが、それに表情や声色がついていないので異様なおそろしさがある。
とにかく彼は怒っているらしい。
「女どもはともかくうちの団員のありさまはなんだ。あいつら明日から業務内容と教育訓練を増やしてくれる。元気だから女なんかに興味を持って浮足立つんだ」
「団員さんたちだけではなく、女子も想像以上の逞しさね。お茶会が狩場に見えるわ」
アマンダが言う。
リドリアはそうか、と深く感じ入った。
自分がいままで未婚だったのは家庭の事情があるからだと思っていたが違う。
ガッツだ。
よりよい獲物は自ら狙いに行く。その気概が自分にはなかった。白馬の王子さまは待っていても来ないのだ。自分が捕らえに行かない限り。
リドリアが新たな気づきをえたとき、メイドたちが一斉に会場からこちらに戻ってくるのが見えた。
「どうしたの?」
彼女たちのトレイやワゴンには茶器が乗ったままだ。提供された形跡がない。
「その……みなさん、席にお座りになっていないのです」
「何人かは座っておられますが、どのようにサーブすればいいのか教えていただきますか?」
メイドたちも困惑している。
「まずいわね。王太子妃主催のお茶会がこれじゃあ……」
アマンダの言葉に我に返る。そうだ。これは王太子妃主催のお茶会なのだ。
それが婚約者争奪戦の無法地帯となっては王女メリッサに何を言われるか。
「王太子妃さまのスピーチは終わったのよね?」
リドリアが確認すると、アマンダとアレックスは同時にうなずいた。
「だったら、堅苦しいことはここまでにして、ピクニック風に趣向を変えましょう。庭に敷布をいくつか敷いて、そこに思い思い座ってもらうとういのはどう? 椅子に座りたい人はそれで構わないし、気に入った人と一緒に敷布に座りたかったらそちらにどうぞ、って」
「お茶やお菓子はどうするの?」
アマンダが言い、メイドたちが真剣な目をこちらに向けてくる。
「ビュッフェ風にしてもらうわ。会場の一角にお茶とお菓子の提供所を急遽用意しましょう。男性が気に入った女性を誘って取りに来てもらうようにしたらどうかしら」
リドリアはアレックスに顔を向ける。
「私は今から王太子妃さまに説明とご了承を得に行きます。アレックス卿は団員さんにその旨周知徹底してくださいますか? 気に入った令嬢をエスコートしてお茶と菓子を取り、好きな場所に移動してください、と」
「わかった」
アレックスが踵を返す。
「アマンダは申し訳ないけどメイドたちと一緒にビュッフェの準備とピクニック風の演出をお願い。私も王太子妃さまから許可を得次第手伝うわ」
「了解!」
アマンダとメイドたちは深く頷く。それを確認したリドリアは、むんずとドレスのスカート部分をつかんだ。そのまま勢いよく王太子妃の元に走って行った。
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