第38話
外ではきっと、二学期最大のイベントである鈴蘭祭が滞りなく行われている事でしょう。
けれど外界から切り離された空高く聳え立つこの塔の上では、その賑わいを知る事はできませんでした。
と、その時…
『チッ…埒があかんな。』
『殿下、今日はこれまでにして美里様と外に出て親睦を深められてはどうでしょうか?』
未だ両親と兄二人の押し問答が続く中、シャリーフ王子の舌打ちは私にだけ聞こえた事と思います。
それに小さく身体をビクつかせながら、続けられた従者の方の言葉に私は更に一抹の不安を覚えた。
本来なら生徒会役員として、文化祭に貢献しなければならなかったけれど。
桐原先輩の配慮によって私は、賓客であるシャリーフ王子の接待役に任命されていたのでした。
従者の方が先ほどの旨を日本語で伝えれば両親は挙って賛同し、兄達は人目がある所であるならばと不承不承頷いたのでした。
「くれぐれも失礼のないようにな、この縁談に会社の全てが掛かってるんだ。」
「王宮に輿入れなんて一生に一度あるかないかのチャンスなんだから、しっかりするのよ。」
「おっお父様、お母様、あの…私…」
シャリーフ王子と…男性と二人きりという状況に、不安が胸に広がって。正直少し怖くて。
部屋を出る時に口々にそう言う両親に、私はようやく口を開いた。
けれど…
「お前の利用価値なんて結婚ぐらいしかないんだ、今までお前に投資した金に見合うだけの働きはしてもらうからな。」
「ここまで育てた恩を仇で返すようなまねはしないでちょうだいね。」
そう言って私に向けられたのは、私自身にはまるで無関心な四つの瞳。
幼い頃から自分に向けられてきたそれらに、身体の奥が冷たくなっていくのを感じました。
それを聞いていた兄達が、私に代わって両親に抗議してくれているのが視界に映る中。
私は一人暗闇にいるような錯覚に陥り、胸の内には果てしない虚無感が広がっていったのでした…。
『――自分の主張も口に出せねぇような奴が、他人に意見を仰いでんじゃねぇよ。』
分かってます、本当は。
分かってるんです、自分でも。
私が優柔不断なばっかりに、兄達やマロンちゃんに余計な心配をかけてしまっている事も。
けれど私は…知っているのです。
自分の主張を口に出したとして、それが必ずしも誰かに届くとは限らないという事を…。
(『私』は一体、何なのでしょう…)
自分の言葉が、声が、心が。
冷たく凍って死んでいくその感覚を、私は昔から――…。
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