第37話

兄達とは十以上年が離れている事もあってか、昔から二人とも私の事をとても可愛がってくれていて。


今回の縁談が決まった時も、私に結婚はまだ早いと両親に抗議してくれていました。





「やっ止めないか二人とも、シャリーフ殿下の御厚意に対してあまりに失礼だろう。」



「こちらの同意なく結婚の話を勝手に進める方が、あまりに失礼です。」



「兄さんの言う通りです。


確かに『月岡』は日本を誇るような名家ではあませんが、例え他国の王族と言えど最低限の礼儀と常識を持って対応して頂きたいものです。」



「留学の件にしても、今のまま【鈴蘭】で十分な教育が受けられます。アシュメニアに渡る必要はないはずです。」




父の言葉に兄二人が口々に猛反発するのに対し、私はおろおろと視線を惑わす事しかできませんでした。


従者の方がシャリーフ王子に兄達の言葉を通訳しているのが視界に入り、王族に対する不敬で兄二人の立場が危うくなってしまうのではと、私はますます慌ててしまった。



すると次の瞬間、漆黒の瞳が真っ直ぐと私を射抜いたのでした。





『お前はどうなんだ?私との結婚に何か不満があるというのか?』



「…シャリーフ様は、美里様のお気持ちを第一に尊重されるそうです。」




婚約が決まってからアラビア語を習い始めていた私は、初心者ながらに通訳の方が王子の言葉をオブラートに包んだ事に気付いていました。


シャリーフ王子の『不満があるのか』という問いに、私は何と答えていいか分からず口を噤んだ。



この縁談が月岡<ウチ>にとって良縁である事は、私にも分かっています。


相手が誰にせよ、いずれこんな日が来る事も覚悟していました。



けれど兄達の言うように、婚約から今日まで一月も経っておらず。


これまでの出来事全てが、あまりに急すぎて。



私自身どうすればいいか、何を選べば正解なのか、まだ現状を把握できていなかったのです。



本当に、自分の不甲斐なさが嫌になる…。





「娘の気持ちは決まってますわ。王族の一員になれるのですもの、これほど光栄な事はありませんわ。」



「母さん、まだ正式に結婚をお受けしたわけではありません。気が早過ぎます。」



「せめて【鈴蘭】を卒業するまで待って頂いても遅くないはずです。」




私が何も言えずにいれば、今度は母と兄二人との言い合いが始まってしまいました。



部屋には私達の他に、王子付きの従者の方々と数人の給仕の方が控えていましたが。


しかし会話を妨げる事のないよう、皆静かに自分の仕事を全うしていていたのでした。

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