第92話
――ざわざわざわ…
午前九時過ぎ。
コンビニを訪れている寮生の中に、ちらほら制服を着た者の姿があった。
おそらく新入生だろう。
俺の場合は仕事中という事で制服を着用しているが、新入生の中には憧れの【鈴蘭】の制服を常に身に付けたがる生徒も多い。
俺の姿に気付いた鈴蘭生が頬を染め遠巻きにこちらを見つめてくるのに、にこやかに手を振りつつ。
内心うんざりしながらこれ以上騒がれる前に早々に買い物を済ませようと、ショーケースを物色していた…その時だった。
「お肉にー、卵にー、ぎゅーにゅーもー。」
…何とも不思議な鼻歌が、耳を掠(カス)めたのは。
ふとそちらに目を向ければ、そこに居たのは何ともその…カジュアルな格好をした一人の人物。
黄緑のパーカーに黒の短パン、ビニール製のスリッパというラフな出で立ち。
鼻歌交じりでカートを押すその鈴蘭生は、明らかに周りから浮いていた。
遠くからその顔を見るも前髪で隠れてよく分からないが、見覚えがないのは確かだ。
在校生から新入生まで全ての鈴蘭生の顔から経歴までを暗記してる俺にとっても、彼の存在は異質だった。
(…いや、『全て』に当て嵌らない例外が一人だけいるな。)
それは、今俺が最も興味を持っている存在。
今年になって、突如導入された奨学生制度。
計画の話そのものは前々から出ていたらしいが、実際導入しようとする理事長は居なかった昨今。
それが、今年就任したばかりの女性理事長が反対の声を説き伏せ。
その新理事長自らが推薦し、超難問の奨学生試験をパスしたという『鈴蘭学園』初の外部生たる人物。
(確か彼だけ、写真がなかったはずだ…。)
生徒会に届いた外部生の資料には、他に比べて不備が多かった。
写真もそうだが、性別の欄には女性と記載されていた。
そのせいで昨日、わざわざ月城の寮長室で待ち構えていたというのに会う事ができなかった。
それがまさか、こんな所で出会そうとは…。
「おい、そこの貧乏人。
お前だよな、噂の外部生って奴は。」
その声が聞こえた時。
俺は人知れずひっそりと、口の片端を上げたのだった…。
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