第88話

俺と桐原先輩の二人以外にも、なっがい廊下には人がちらほら。


誰も近付いて話し掛けたりはしないものの、寮生達が遠巻きにこのプリンスの姿を見つめていた。



ここ男子寮だからね。

女の子のきゃいきゃい騒ぐ声はもう聞こえない。

聞こえたとしても今はそれどころじゃねぇんだけど。





(…『龍ヶ崎組』三代目組長の、ごちょーなん。)




って、つまり。


正真正銘実家がヤーさん家業の、その組のドンの息子って事で…。



うん、何て言うか。





まんまじゃん。





(何かすげぇもったいぶった間で言うから、どんな意外な言葉が飛び出すのかと思ったら。


ど真ん中、どストレートきちゃったよ。)




意外性のいの字もない王子の言葉に、俺はちょっと拍子抜け。


だって組長の息子ってそのまんまズバリ、ヤクザ男で合ってるじゃん。



あんな恐い顔して実は実家はお花屋さんとか。

ギャップのある答え期待してたのに。


いや、お花屋さんだとちょっと庶民的か。





(うーん、そうだな…。


ファンシーなキャラクターグッズを販売する会社の社長令息、とか?)




龍ヶ崎が可愛らしいクマのぬいぐるみを抱いてる姿を想像して、すぐに打ち消す。


い、いやまぁいいんじゃねぇの。

人の趣味は人それぞれだし、うん。



んな風に、一瞬だけ頭に浮かんだ想像上の龍ヶ崎に思わずフォローを入れつつ。


ふとプリンス桐原を見れば、何とも気の毒そうな顔を『作って』いるのに気が付いて…





「ごめんね、怖がらせるつもりはなかったんだけど。


でもいずれ黒崎君も知る所になるだろうし、何かあってからでは遅いと思って。」




龍ヶ崎君も悪い人ではないんだけどね、少し暴力的で…と続ける桐原先輩。


どうやら俺が黙っちゃったせいで、恐怖で声も出せないって捉えられたみたい。



モッサリ前髪で、俺の顔半分隠れちゃってんしね。

やっぱ目の表情って意外と大事だよねぇ、情報いっぱい持ってんの。



そう、例えば…





(…何がんなに愉しいのかね、この王子様は。)




心配そうな顔をしてるのに、俺がどう反応するか面白そうに観察している。


プリンス桐原のタチの悪い愉快犯の目、とかね。

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