第78話

――ひょい



――スカッ…




「…ってめぇガリ勉!避けんじゃねぇよっ!!」




いや、避けるって。



男Aの渾身の右ストレートを軽くかわせば、更に顔を赤くさせ叫ぶソイツがいた。


だって喧嘩慣れしてない奴の打撃って、下手に当たっと痛ぇんだもん。



昨日の龍ヶ崎と違って、コイツ喧嘩は素人っぽいし。


昨日の龍ヶ崎と違って、俺が腹パンでもしたらアバラ折れちまいそうだし。



手で男の拳受け止めるより避けた方が簡単だったから、そうしたまでです。はい。



怒る暇があったらもっと腕を磨きなさいよ。


拳一本で壁ベッコリ凹ませて、足一本でソファーをひっくり返した龍ヶ崎を見習いなさーい。





(…ん?坊ちゃんなのに喧嘩慣れしてるっぽい、龍ヶ崎の方が変なのか?)




俺がうんうんとそんな疑問を膨らませている一方。


男Aは俺に避けられるって、思ってなかったらしくて。

ますます顔を怒りで真っ赤にさせ、ワナワナ震えだした。





「貧乏人風情が馬鹿にしやがってっ…!」




そう言って懲りもせず、また殴りかかって来る男A。



ボキャブラリー少ねぇなぁコイツ、なんて思いながら。


俺はまた同じように避けようと、足を一歩後ろに下げようとした…その時だった。





――ガシャン…




(…ん?)




不意に背中に何かが当たる感触。


チラッと後ろに目を向ければ、そこには買い物途中で食材がいっぱい積まれた『カート君』が。



やばっ、コイツのパンチ避けたらカート君が巻き込まれちゃう…!



勢い任せな男Aが、勝手に転ぶのはいいけど。


せっかく美味しそうな食材を運んでくれてる、カート君がぁ!




がぁ…!がぁ…、ぁぁ…










――ガッ!!










「っ、…お前!」




驚いたように息を飲んだのは、カート君を背後に庇った俺…ではなく。


そんな俺に殴りかかってきた、男Aの方で。



その表情を間近で見ながら、俺は小さなため息を一つ吐いたのでした。



どんな状況か、あえて言及する必要はないかもですが。


男が驚いてんのは、俺がソイツの拳を片手で軽々と受け止めてしまったからで。

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