第69話

「俺はお前がどんな奴かも、どんな環境で生きてきたのかも、何にそんな苛立ってんのかも知らねぇけどさ…」




そうだ、お前に何が分かるってんだ。


突然現れて、分かったような口で説教たれるお前なんかに。



お前なんかに、何が…





「龍ヶ崎がこの先、いくら俺を拒絶してもうざがっても構わねぇからさ。


お前にとってイレギュラーな状態の今くらい、俺の『当たり前』を受け入れても死にはしねぇんじゃねぇの?」



「――…、」




そう言って、伸ばされた手が。


不意に、急激に。



俺の脳裏に、ある光景を。


遠い過去の記憶を、甦らせた…。









『Noel<ノエル>…』





日溜まりの中、女の顔が。


半人前の俺と同じ髪、同じ目をした女が。



穏やかな、微笑を浮かべて。


俺に触れた、あの手は。



もう遠い、遠いあの日に――…








――ぽんぽんっ




「とにかくお前は、早く風邪治す事だけ考えとけばいいんだよ。


文句があんなら元気になってから言いな。」



「……」




まるで俺をあやすように、頭の痛みを取り除くように。


俺の頭を撫でる、オタク野郎。



似ても似つかねぇ、その容姿。


今日初めて聞いた、その声色。



なのに、あの日と同じ。


優しい、優しい、手つき。




何だ、これ。


一体何なんだ、この野郎。



こんなのは、もう。


遥か、遠い昔に――…







「…結局テメェだって、自分の『当たり前』を他人に押し付けてんじゃねぇか。」



「はは、だな。」




俺の『当たり前』を否定しながら、自分の『当たり前』俺に押し付ける偽善者。



今までの奴等と同じはず、なのに。


その手を振り払えないのは、どうしてなのか。



どうして、俺は…






「今は何も考えないでもう寝な、俺はずっとここにいるからさ。」





その言葉に不覚にも、


頷いてしまったのは。



コイツの言うように、


単にこれ以上。



もう何も、


考えられなかったのと。




コイツの作った粥が、


意外と食えたもんだった事。




そしてコイツの、


少し冷たい手の体温が。



風邪の俺には、


心地よかったから。





…それだけ。


ただ、それだけ…だ……。

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