第52話

…マジかよ。


拳一つで壁に穴開けた上に片足一つでソファーひっくり返すとか、どんだけ馬鹿力なんだよコイツ。





(ダメだこりゃ、完璧にキレてる。)




頭に血が上って、全く聞く耳を持ってねぇ状態。

これ以上言葉で説得しても、無駄っぽい。



あーもう、仕方ねぇ。


ちょっくらお相手しますか。





「あのさー、そんな事されても猿がご機嫌斜めで拗ねて暴れてるようにしか見えねぇんだけど。


みっともねぇったらありゃしねぇ。」




俺はおもむろに一歩二歩とソイツに近付きながら、呆れのため息を付いた。


なるべくふてぶてしく、小馬鹿にした態度で。



ピクッとヤクザ男のコメカミ、怒りのボルテージが上がっていくのが分かった。


お、いい感じ。





「んだと、テメェ…!」



「他人(ヒト)の話も聞かねぇで物に当たり散らすなんて、ガキのする事だって言ってんだよ。


でけぇ図体して脳ミソ空っぽの筋肉馬鹿、自信過剰のうぬぼれ屋に睨まれたって痛くも痒くもね…」




俺がそう言った次の瞬間、男が大きく足を踏み出した。


それと同時に大きく腕を振りかぶる。



ブオッ!と空気を切り裂く音と共に。


ヤクザ男の拳が、俺の顔に向かって振り下ろされたのだった。









――ガッッ!!!









「――っ、…がはっ!」




うめき声を上げて、ドサ…と崩れ落ちる身体。


その場に立っていたのは、一人だけ。



床に倒れた人物を見下ろし、深いため息を吐いたのは…





「先に喧嘩売ってきたのは、お前の方だかんなー。」




腰に手を当てモッサリとした前髪を掻き上げる、俺の方でした。



振り下ろされた拳、あれをまともに食らったらベッコリ凹んだ壁の二の前になってただろうけど。


腕を大きく振りかざし過ぎて、懐(フトコロ)のガードがめちゃ甘状態だったんで。

そこに瞬時に飛び込んで、脇腹の急所に一発お見舞いしてやったんだよね。



パンチを始め俺の喧嘩のスタイルは三鷹さん直伝なんで、この一撃もかなり効くぜ。


けどお前が悪いんだかんな。

彼女の名前呼んだくらいでんなキレる事ねぇじゃん。

心の狭い男は嫌われるぜ。



…って、ん?





「おーい、大丈夫か?」




床に崩れ落ちたまま全く動く気配のないヤクザ男に、俺は首を傾げた。

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