第一話 煙海の影


 浮上都市ロンディウム―獣人類史は蒸気機関の発達によって大きな転機を迎えた。蒸気機関革命は文明に大きな恩恵をもたらしたが、一方で自然は汚染されて獣人類が住む環境ではなくなってしまった。


 彼らは、文明の粋を集め、空へと住む場所を変えた。大地は雲と排煙の海に閉ざされ、人々は大地を忘れた。それから、今、ロンディウムは蒸気革命の恩恵を受けて黄金期にある。蒸気機械によってもたらされる華やかな生活。また、忘れ去られた大地への興味とそれをもたらしてくれる蒸機士―プリウェン―達の活躍に人々は日々心を踊らされて生活していた。


 そんな生活の中で、彼はどこか退屈していた。物質的な欲求が満たされた人々はいっその事今までの常識が覆る様な出来事が起こることを何処かで渇望していた。そして、そんな人々の注目を集める出来事がある日突然起こった。それは、当然煙海の中に現れるようになった大きな影だった。


 それは、ある飛空艇団が「煙海の中に大きな影を見た」と言う報告を中心機関「キャメロット」に報告したことが始まりである。それからというもの、多くの飛空艇団や蒸機士達の間でも同様の報告や記録が行われた。最初は煙海に映る自分たちの飛空艇の影だという話もあったが、動きが一致せず飛空艇の下を通過し、煙海の中に姿を消すなど、自分たちの飛空艇の影ではないと分かると、その影の噂は彼らの間で段々と持ち切りとなっていた。


 キャメロットの幹部達はこの報告を受けて、調査に乗り出し、些細な情報でも報告するよう全ての飛空艇団やプリウェンたちに要請した。仮にまだ見ぬ浮上都市の飛空艇なら関係を持ちたいという意図があり、武装した空賊なら制圧し煙海上の安全を保たなければいけないからだ。ただ、これは全て正体が飛空艇だという前提の話で、現場の人間はその正体が、何らかの生物だろうとはだれも思わなかった。そんな中、とある事件が起きる。それは、ある飛空艇団からの報告だった。


 この日その飛空艇団は、交流のある他の浮上都市へ交易の為物資を輸送していた最中であった。彼らは他の飛空艇と共に向かっている最中で、艦長は煙海に例の噂の影を発見したと思い、報告の為記録を取ろうと団員に呼びかけようとした時だった。影は聞いていた報告通り、飛空艇を過ぎ去り煙海の中に姿を消したのだ。艦長は、「キャメロット」から協力の恩赦が賜われるとがっかりしたが、直ぐに目前の光景に目を疑う事となった。


 突然目の前の煙海から前方の飛空艇に向かって噴煙が吹き上がり、轟音と共に飛空艇後方の船底に衝突したのだ。この場所には大体飛空艇の心臓ともいえる蒸気動力のエンジンが積んである。船底は爆破の衝撃で爆炎が上がり、浮力をなくした飛空艇は煙海の底に沈んで行った。艦長がその光景に啞然としている中、その影は姿を消しており、この飛空艇団は恐怖のあまり任務も忘れてロンディウムに引き返したのであった。


 数日後、再びその影を見たのは空賊を後方から追跡するプリウェン達の飛空艇であった。空賊たちとの機関砲の打ち合いの中、一人のプリウェンが、例の移動する影を見つけた。プリウェン達は、先日の撃沈事件の件もありその影を警戒していた。すると、空賊艦の艦長の方面から先の尖った紡錘形の物体が船底目掛けて突撃し、動力部を爆破し撃墜させたのだ。


 この報告を受けて、キャメロット幹部達の間には緊張が走った。無差別に飛空艇を襲う物体。もしもこれが飛空艇の類なら戦争行為もしくは侵略行為なのではないか?と、キャメロットや行政はこの事をなるべく秘密にしたかった。しかしこの話は瞬く間にロンディウム中に瞬く間に広がり、日々新聞に、ニュースに、ラジオに取り上げられた。人々の話題はどれもこれ一色になった。


 人々は、この物体の正体に議論を交わした。ある人は、この物体は生き物で、かつて獣人類が陸に住んでいた時に海に生息していた“クジラ”という生物の子孫が進化し、空中世界に適応した姿と言った。また、ある人は同じく獣人類が陸に住んでいた時に読まれていた物語に出てくる存在で『アルフ・ライラ・ワ・ライラ』(千夜一夜物語、アラビアン・ナイトとも)の「船乗りシンドバット」に出てくる「クジラの島」や、「海底二万里」の中でアロナクス教授が動く“暗礁の正体”として最初予想した「イッカク」だと言った。

 

 勿論、これらは荒唐無稽であった。しかし、否定も出来なかった。だって煙海の底は未知領域で、その全貌は明らかになっていなかったのだから。そんな中でも、謎の物体による撃墜行為は起こった。今度狙われたのは、ベテランの飛空艇団の駆る飛空艇だった。


 この日は別の浮上都市から戻る最中であった。その時、船の下に自分たちの飛空艇を通過する影を見た。飛空艇団員達は最大限の注意を払いながら航空していた。すると、影が後退しながら煙海に潜っていった。団員たちに緊張が走った。すると、海中から急に轟音が響いた、艦長は思いっきり舵を切り飛空艇を旋回させた。すると、真横を真鍮色の紡錘形の金属のような物体が弾丸の様に弧を描いて飛び出し衝撃を伴って船体に激突した。


 船体は激しく揺れバランスも崩しそうになったが、ベテランの咄嗟の舵捌きもあって一大事は逃れた。真鍮色の物体はそのまま弓なりに煙海に姿を消した。ロンディウムのドックに帰還後、全体を調べてみると船底の一部が激しく切り裂かれるように穴が開き抉れていた。


 徐々にその正体が分かるようにはなったが、全くつかみどころのない謎の物体、ないしは影による襲撃事件。最初は非日常的な出来事に興味を示していたロンディウムの住人達も三度目の事件にだんだんと、不安や恐怖を覚えるようになった。それと同時に今までのささやかれていた生物説は消え、キャメロット幹部達が予想していた通り未知の都市からの飛行物だと言われるようになっていった。


 キャメロットの幹部達も緊迫状態が続くだった。そして、ロンディウムの中の人々が、この存在を暴き、撃滅するべきだと動く事件が起こる。それは、ロンディウム達の人々の憧れでもあるプリトウェン達が駆る特殊装甲の飛空艇が標的にされたのだ。この時の事件は帰還したプリトウェン達によって記録が残っている。


 飛空艇は他都市との昨今の事件の情報交換等を終えゆっくり帰還している所だった。プリトウェン達が艦内でゆっくりしていると、艦内中に「「例の影が出たぞ」」と、団員達だけに無線放送が入った。団員が持ち場に付くと確かに艦の真下に自分たちに合わせて尾行する影があった。


 艦内には要人も同船している。プリトウェン達は余人の命を最優先とし、ロンディウムまで全速力で帰還することを選択した。だがどうだろう。飛空艇が速度を上げて距離を離すと、その影は同じく速度を上げて飛空艇を追跡してきたのだ。その後も、旋回して左右に振り切ろうとするが、悉く追跡されて飛空艇を追っていた。


 「付きまとわれているぞ」

 「仕方ない、空砲と機関砲で威嚇射撃しろ」


 団員達は、影に空砲と機関砲を放った。砲撃の突然の音に館内の人びとは「あの恐怖の影が現れた」とパニックになった。プリトウェン達は「飛空艇乗りの中でも選ばれた我々がいるのです。正体不明の影などこの艦と我々なら脅威ではありません」と乗客たちを安心させた


 一方、影は威嚇砲撃を受けると、今までにない行動をとった。陰から光が放たれ、煙海中から空に向かって光が投射された。投射された光は円形をしておりその中心に、尖り返しが付き二又の槍を模した左右対称のアルファベットのような紋章を浮かばせた


 「なに!?電気の光だと!?」

 「やはり、幹部が言っていた通りだ、あれは他都市からの艦だ。そしてあれはその紋章だろう」


 影は、いや、正体不明の艦は、光を消すと、煙海に身を沈める。


 「撤退したか?」

 「いや、安全はできない、今までの報告を思いだして見ろ」

 「艦長、砲撃で撃墜しますか!?」

 「いや、戦闘はダメだ、あの艦はこちらに船体を突撃させて貫いてくるだろう。直撃されたらこの艦でも大破とまではいかずとも損害は免れない」


 そして、機長はこういった


 「全燃料をくべてもいい、全速・全出力をもって帰還する」


 動力部の作業員にそのことが伝達されると、出せるだけの出力が出され全速力で飛空艇は動き出した。すると、艦も後を十分追従できる速さで追ってくる


 「馬鹿な!?我々の技術の粋のスピードについてこられるだと!?」

 「構うな、幹部に報告すれば直ぐに厳戒態勢で艦隊が組まれて早々に駆逐されるだろう」


 次の瞬間、大きな衝撃と炸裂音が飛空艇に響き、艦が傾く


 「ウイングに対して例の艦が激突しました。」

 「もう片方のウイングの浮力を下げてバランスをとれ、ロンディウム到着次第報告する。これは我々に対する攻撃行為だ。」


 その後、謎の影からの追跡は途絶え、飛空艇はロンディウムに帰還した。幸い怪我人はなかったが、要人を危険にさらした事は行政から激しく糾弾された。プリウェン専用のドックに入った飛空艇が損壊状態を調べられるとウイングに片方が根本からぼっきりと折れてなくなっていた。その後は何か槍で貫かれたような角が対象に向き合う三角形の跡が綺麗に2つ開いていた。


 この報告は、ロンディウム中の人々を震撼させた。蒸気革命の真っ只中自分たちの安全性が脅かされているのだ。キャメロット幹部達も、行政も、市民もこの艦をこの煙海から追い出すことを望んだそう世論が動いたのだ。行政とキャメロットはこの事態を侵略行為として認定し特別厳重体制が敷かれた。


 それは、若い頃の私が飛空艇乗りを目指し、アカデミーを修了し見習い飛空艇乗りとして駆け出し始めた矢先に起こった出来事だった。

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