再会

 茜は何故俺を選んだのだろうか。俺よりも魅力的な人は腐るほど多くいるし、彼女の美貌に惹かれてつられる男もきっと多いだろう。  


 期待してくれていたのだろうか。この人ならば、もしかしたら自分のことを分ってくれると。確かに俺は、初めてモスマンの姿を見た時、気味が悪いとは思わなかった。それよりも、彼女に心底同情したのだ。


 だが、結局俺は裏切った。彼女の前ではっきりとモスマンを拒絶した。


 想像力が足りなかった。物事には理由があると考えるべきだった。

 あの時、言葉の裏の意図を考える余裕があれば。

 あの時、モスマンの行動に疑問を抱いていれば。


 結局、モスマンを見た目だけで決めつけていた。自分は、見た目で判断されるのが嫌いだと言っていたにもかかわらず、見た目で差別していた。


 俯いたまま、あの夜のことを繰り返し思い返した。


 そうして、しばらく時間が経った頃だ。


(後悔、先に立たず……)


 そんな言葉が、頭に浮かぶ。


 俺がいくら後悔しても、彼女が救われるわけではない。


 それどころか、犠牲者は増える一方だ。


 二人で出かけたことのある建築物は破壊されつくし、最近は関係のない建物にまで被害が及ぶようになった。


 これは、俺が招いた結果だ。俺があの時、あのようなことを言わなければ、大勢の命が失われることはなかった。


 止めなければならない。少しでも犠牲者を減らすのだ。

 そのためになんとしてでも、茜と会わなければ。


 しかし、どうやって?


 恐らく、彼女の方から接触してくることはないだろう。

 つまり、彼女が、次に現れる場所を予想しなければならない。だが、最近の崩壊場所は、二人で出かけた場所と関係がなくなってしまっている。このままでは運に頼る他ないのだろうか。いや、まだ何かを忘れている気がする。


 彼女に壊されていない二人、思い出の場所は、まだ残っているのだろうか?


 俺は写真を見返す。


 すると、ある大橋の写真を見つけた。


((8月18日、この日を忘れないでね。))


「あ」


 俺は緊張の面持ちで、検索をかける。


 なんと、大橋はまだ破壊されていない。それ以外の思い出の場所は、すべて破壊されつくしたにも関わらずだ。


 丁度一か月後に迫る8月18日。彼女は、あの時初めて二人で出かけた海星大橋での約束を、忘れてはいなかった。


☆☆☆☆☆


 海星大橋だけは、今日8月18日まで破壊されることは無かった。それが最も不安だったゆえに、安堵している。


 何故、俺は茜を大切に思うようになったのだろうか。女性の茜は美しい。しかし、それが理由ではない。

 彼女は行き詰まっていた俺の人生の光だった。二人で歩んでいけばなんだって上手くいきそうな気がした。彼女のおかげでこの世界に少し希望を抱くことができ、初めて自分は幸せだと思えていた。


 もう、一度茜と共に日々を過ごしたい。


 俺は、出発する準備を整えた。


 そして、時間を見計らい駅のホームへと向かった。そして、電車に乗る。


 これで正しいのかどうかは分からない。

 だが、正しいと信じている。


 俺はスピッツの快速、を聞きながら、電車の窓の景色を眺めていた。

 町々は賑わい、活気に満ち溢れている。一見すると幸せそうに見える社会だ。だが、表面上はそうであっても、実は体裁を見繕い必死に身を焦がしながら生きているのかもしれない。水面下で繰り広げられる苛烈な生存競争に揉まれ、もし零れ落ちてしまえば、厳しい現実が待っている。そんな時、救いの手を差し伸べてくれるような人がいるだけで、どれほど救われるのか。

 俺は、彼女のそれになりたい。そして、彼女も俺のそれでいて欲しい。


 駅に到着すると、見っけ、に曲が変わる。


 そして、徒歩で以前訪れた時と同じ時間に大橋へと到着した。

 

 天気は薄曇り、あの時のような快晴ではない。今にも大雨が降りだしそうだ。


 「「再会へ!」」


 ボーカルがそう歌った。


 そして、俺はとうとう見つけた。

 

 「茜……。」


 俺はイヤホンを外した。


 彼女は、橋で黄昏ながら海を眺めていた。

 モスマンの姿で。


 目は大きく真っ赤で、翼が体全体を覆っている。初めて彼女の姿を見た時は驚いたものだ。

 しかし、そんな姿を見ても今は愛おしさすら湧いてくる。


 人々からは好奇の目をさらされ、モスマンの能力を知ってか知らずか、悲鳴をあげて橋から逃げ去る人もいる。


 橋が少し揺れていると感じるのは、気のせいだろうか。


 俺は人々の喧騒の中をゆっくりと歩き、彼女との距離数メートルのところまできた。


「茜……。」


 俺は未だ海の方を眺める茜に声をかける。


 すると、ゆっくりと茜は赤い目をこちらに向けた。


「これが、私の本当の姿よ。失望した?」


「……失望なんてしない。俺は、君に謝らなきゃいけないんだ。」


「謝る?何が?あなたは何もおかしな事はしていないわ。人々の建物を破壊して、人を殺して、しかもこんな見た目なの。拒絶するのも当たり前の話よ。」


「違う。君の瞳の奥にある寂しさに俺は気が付かなかった。見た目だけで判断して、内面見ようとしていなかったのは俺だ。」


「内面、ね。私、あなたを初めて見た時、もしかしたら、あなたとなら分かりあえるかもって思ったの。言ったでしょ?私と同じ匂いがするって。」


「ああ……。」


「でも、それは私の都合の良い考えでしかなかった。」


「ごめん、あんなことを言ったから……。」


「いいえ、あなたは幻想を打ち砕いてくれた。あなたのおかげでもう、誰の助けも借りないと決意することができたわ。」


「早まらないでくれ。君が一人でいて良いはずがないんだ。」


「……それが私にとっての最善なのよ。」


「こんなことを言うのは都合が良いのは分かってる。でも、俺は茜と一緒にいたい。もう一度、始められないだろうか?」


「それは可笑しいわ。私、こんな化け物なのよ?」

 

「茜が化け物だろうと何だろうと関係ない。」


「……どうせ、また私を拒絶するんでしょ?」


「しない。二度と。」


「分からないの。貴方を信じて良いのかどうか。だって、あなたは綺麗な人間の私が好きだっただけじゃない。」


「違う、俺は君と気が合うと思って、君の見た目で選んだわけじゃない。俺は本気で君と一緒に生きていきたいとそう思ったんだ。」


「でも、裏切ったじゃない!」


「それは、本当に悪かった……。」


「もう、疲れたのよ。誰ともかかわりたくない。誰にも傷つけられたくない、誰も傷つけたくない……。」


 茜はふさぎ込む。


 茜はこんな気弱な一面を見せたことは無かった。

 今まで俺といる間は、気丈にふるまっていたのだろう。


「「そこの男性の方!危険ですから下がってください!」」


 気が付けば、後ろの方に警察の機動隊たちが集まっていた。通行人の誰かが通報したらしい。

 どうやらテレビ局の人間も来ているようで、大きなカメラも見えた。


 俺は彼らのことを気にかけず、茜に近づいていく。


「来ないで。これ以上感情に負荷がかかると橋を崩してしまうわ。」


 茜は弱弱しい声でそう言う。


 心の器とはコップのようなものだ。例え負の感情で無かったとしても、少しでも注がれれば爆発してしまうことだってあり得る。

 ただでさえ俺という存在は、感情的に与える影響が大きい。恐らく、橋は簡単に崩落してしまうだろう。そして、きっと俺は死ぬ。

 だが、それが何だというのだ。


「俺は、君のためなら死んだって良い。」


 俺がそう言うと、彼女は驚いた表情で顔をあげた。


「だから……。」


「「あの化け物、超気持ち悪いんだけど。よくあんな見た目で生きていけるね。」」


「「あれが日本で崩落事故が多発してた原因か。消えてくれ社会の足手まといが。」」


 俺が言葉を紡ごうとした時、野次馬達の心無い言葉によって遮ぎられた。未だ橋に残っている一般人たちは、面白いものを見れれば、不幸ごとであっても構わないと考えるようなスタンスの人間達だろう。


「「その化け物から離れなさい。それはこの世に存在してはいけない生き物だ。」」


 機動隊の一人が呼び掛けてくる。


 カメラマン達たちは良いネタを取れたと、にやにやしながらカメラを向けてきている。

 ヘリが上空を飛んでいる音が聞こえた。


「「あなたがどけなければ、その化け物を殺せない」」


 機動隊がそう呼びかけた時、俺は決意を決めた。

 俺は、茜の警告を無視し歩み寄る。


「茜、今までありがとう。」


 そして、俺は茜をそっと抱きしめた。

 ふさふさとした毛並みが、心地よい。


「どう、して、そこまで私を……。」


「君が大切だからだ。」


 聴衆たちは茜に抱き着いた俺を見てどよめきが広がる。


「「あいつ?なにしてるんだ?」」

「「まさか、化け物に抱き着いてる?」」


 いよいよ、大橋は横に大きく揺れ動き始めた。


「「「なんだ?」」」


 野次馬達や機動隊員たちは、一斉に困惑の声を上げる。


 刹那、一気に橋は崩壊が始まった。ヒビが橋を蹂躙し、柱が折れ一気に瓦礫へと  変貌していく。そこらじゅうの道に、穴が生まれる。


 粉塵で何も見えない。凄まじい轟音が鼓膜を破ってしまいそうだ。


 揺れにより、たっていられるのもやっとになった。そして、とうとう亀裂が俺たちの足元にまで及ぶ。


「離さないで!」


 茜がそう叫ぶと同時に、

 俺たちは崩落に巻き込まれた。


 俺は、茜に抱き着いた手を最後まで絶対に離さなかった。

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