後悔

「そこへ、腰掛けてください。」


「あ、すいません。」


 俺がメールを送信すると、すぐに返信が返って来て、集合場所、日時などが送られてきた。

 そして、待ち合わせ場所で対面し、彼に案内される通りについていった。

 すると、彼の住まいである、庭園付の豪邸に着いた。もっとも、豪邸はかなり山の上の方にあったため、道のりが苦難の連続で、車すら通れない細い道をひたすら徒歩で上ることになったが。


「ここまで、大変だったでしょう?」


 彼は俺を気遣うように、ねぎらいの言葉を投げかけてくれた。

 西川さんは60代くらいの男性だった。彼の顔の辺りにはクマができ、少し憔悴しているようにも見える。


「は、はい。少し……。どうして、ここに住むことにしたんですか?」


「アメリカで研究員を辞職して以降、人目を避けるようになりました。私のような人間が、人と同じような当たり前の幸せを望んではいけないと思いましてね。だから、私はできる限り、人と人との関係を絶つことにしたんです。家族もいなかったものですから、あっという間に孤立しましたよ。だだっ広い家の中には自分以外誰一人いない。それはもう、寂しいものです。もっとも、彼女の寂しさと比べればこんなものは対したものではないんでしょうけれど。」


「……その、西川さんが昔アメリカの研究員だったって話は、本当なんですか?」


「はい、本当です。これを見てください。」


 彼は懐から何かをとりだした。


「これは……。」


 西川さんは、彼の若い時の写真が張り付けられているFBIと書かれているカードを提示した。


「有効期限はもうとっくの昔に切れてますが。」


「じゃあ、あの話は……。」


「ええ。私はあの時の自分に戻ることができるのであれば、今すぐにでも戻ってあの実験を止めさせたいくらいです。ただ、そんなのは夢物語でしかない。犯した罪を償う他どうすることもできないのですから。」


彼の顔のしわがさらに深くなった。


「……。」


「すみませんが再び確認します。錦戸さんは知っているのですね。彼女のことを。」


「断定は、まだできませんけど……。あの、モスマンは、人間に化けることができるってことですか?」


「そうです。正確には、若い一人の女性の姿に変身することができます。孤独心を紛らわそうと偶に人間の町に紛れ込むことがあるのです。」


「何故、そのような特別な力を使うことができるんですか?あくまでも、人間の脳みそとフクロウの体であること以外は普通の生き物と変わりないですよね?」


「人間は、脳の10パーセント程度しか使うことができていないという話を、聞いたことがありますか?」


「あります、リミッターを設けられてるみたいな。」


「そうです。通常であれば人間の脳みそは、体の機能により必要以上にリミッターが解除されることはありません。しかし、フクロウの体へと無理やり脳を移し替えたことで、リミッターがかけられなくなってしまった。つまり、100パーセントの力を引き出すことが可能になった。」


「しかし、だからって姿を変えることができるなんて信じられませんね……。」


「世界にはまれに超能力を扱うことのできる人間がいます。FBIの研究機関でもそれについての調査が行われたのですが、超能力を使っている間は使っていない時と比べ脳の動きが活発であることが分かったんです。もっとも、100パーセントに到達したものはいないどころか、40を超えるものすらいませんでしたが。」


「なるほど。じゃあ100パーセント開放ってなると、ありえなくもないわけですか。しかし、そう考えたら100パーセントって、もうなんでもできそうですね……。」


「いいえ。そんな単純でものでもないのです。超能力というのは、最も強く望む思いに関連して発現しやすい傾向があります。好きなように能力を得られるというわけでもないですし、思いが強すぎれば暴走してしまうこともあります。」


「モスマンの場合は、何を望んでいたんですか?」


「自身の醜い容姿のコンプレックスからの脱却、そして自分を作り出したことに対する人間への恨みからの破壊衝動。これらから、姿を変容する能力と建築物を破壊する能力へと覚醒するに至りました。」


「人と同じように悩んで、人と同じように怒って、俺たちと何一つ変わらないじゃないか……。」


「そうです。我々人間と、同じなんです。何を考えているのかわからない怪物などでは。断じてない。」


「どうして、西川さんはそこまで詳しいんですか?」


「私は長い期間、モスマンを追っていました。モスマンが現れる地域では、建築物が特徴的な崩落の仕方をするのです。そのため、モスマンの居る地域を特定するのは容易でした。ただ……。」


「生で目にして接触するのは、難しいですよね。」


「ええ、よっぽどの強運か、あちらから接触を図られない限りは、厳しいでしょう。」


「あったんですか?西川さんは?」


「どうやら私がつけまわっていることに感づいていたようです。モスマンは女性の姿で私の前に現れました。」


「あの、その方は黒髪ロングで肌が白い女性でしたか?」


「そうです。非常に美しく儚げな雰囲気を纏っていた方でした。」


「やっぱり、茜は……。」


 俺の中で、モスマン=茜というのが、確信に変わってしまった。


「彼女に私の正体を明かすと、初めは激情を目に宿していました。しかし、彼女は危害を加えてこなかった。それどころか、私の研究員での話をしっかり聞いてくれたんです。」


「なんて、言ってましたか?」


「あなたは、悪くないです、と。そして、少しずつ自分の過去について話し始めてくれました。」


それは、俺の知っている茜だった。


「……どうしてそんな子が、建物を破壊したりなんかするですか?可笑しいじゃないですか。そんなはず、無い……。」


「彼女は故意に破壊しているわけではないのです。リミッターの解除により、感情を抑制することができなくなってしまった。強いストレス、例えば孤独感や恨みなどが募るとそれが破壊衝動へと向かってしまう。もし、誰か彼女を支えてくれる人がいればあるいは……。」


 彼女の連絡が途絶えていなかった時、日本で原因不明の崩落事故は起こらなかった。

 彼女に寄り添うことができる者さえいれば、犠牲者が出ることはないのだ。


「見た目で悪魔だと決めつけられ、忌み嫌われてきた。彼女の心は他の人達と同じなのに、です。」


「……。」


 俺は彼女にとんでもないことをしてしまった。

 彼女の前で、モスマンを嘲り、気味が悪い存在だと突き放し、拒絶してしまったのだ。


「あの失礼ですが、錦戸さんは彼女といったいなにが?」


「俺は、謝らなければいけません。茜に。」

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